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アンステイブルラブガーデン(1)

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戦乱プリンセスG
<あらすじ>
桜舞い散るあの日、大学生の祐は故郷の巡島を出て、憧れの大都会、春木市にやってきた。金色に輝く髪、青い瞳の容姿を持つ13歳の妹、彩を連れて。
新たな街では、新たな出会いが彼を待っていた。
島からついてきた幼馴染みや、大学で出会った不思議な女性、はたまた社会人のお姉さんにも目をつけられて……。取り巻く女性たちとの関係は少しずつ深まっていく……。
――だがあの晩、祐の日常は思わぬ方向へ進み始めた。
「祐……わたしだって……」

 新たな地に発つこの時を、ずっと待ち望んでいた。心を急かしながら。それでもどうしようもなくゆっくりと。
 その時がやっと訪れたというのに、実感は湧かなかった。それも仕方ない。この島に十八年間縛られてきたのだから。
「うううう」
 伸びをして、体を目覚めさせる。今は八時、爽やかな朝。春の風が体に心地いい。
 ふと思い付いて、空いている窓から乗り出す。この島の風景を見るのも最後だと思うと、取り敢えず目に焼き付けておくのも悪くない。
 眼前の風景――。
 辺り一体、鮮やかな緑の森林が広がっている。所々ピンク色なのは桜が花開いたからだ。
 そして遠くには海が横たわっている。あまりにも大きく青い海。今日俺はあれを越えて、春木市に旅立つ。
 島を出るのは、俺を含めて三人。他のみんなはここ|巡島《めぐるじま》に留まる。皆既に島の中で働き口を見つけていて、何も不自由はない。それでも俺はここから飛び出したかった。
「祐、ごはんよ」
「うーい」
 部屋を出て、階下の居間へ。トーストの焼けたいい匂いが漂う。この生活が染み込んだ家もしばらくお別れだが、未練はない。
「おはよう母さん」
「あらおはよう。そんなに元気な挨拶、毎日できたらいいのにね」
 皿を持った母さんは、そう言ってにっこり笑った。
 母さんは綺麗な人だ。|黄金色《、、、》に輝く髪を後ろで束ねていて、青い瞳――あの海のような色の瞳を持っている。
 俺は洗面所で顔や手を洗った。寝癖のついた|黒髪《、、》が鏡に映った。手櫛でとかしながら椅子に座って朝ご飯を待った。うっとりとこれからのことを考えながら。
 母さんはこんがり焼けたトーストを三つ皿に載せ、父さんを呼んだ後、俺の向かいに座った。
「祐とはしばらく一緒にご飯を食べれないのね」
「作るご飯が省けて楽じゃんか」
「そのくらいの苦労、どうってことないのよ」
 母さんはため息をついた。
「それよりも、これからはお父さんと二人っきり」
「こないだそこのソファでくっついてたじゃないか」
「いやだ、見てたの? そりゃ、夫婦だからときどきそういうこともあるけど」
 十分仲がいいじゃんか、と言おうとすると、父さんがのっそりやってきた。
「おはよう」
「おう、祐」
 父さんはだんだん髪は白くなって、顔にも皺が出来ている。若者の手が欲しいだろうに、送り出してくれるのはひとえに俺の気持ちを尊重してくれたのだろう。
 父さんは洗面所から出てきた後、きょろきょろした。
「彩《あや》はどこに行った」
「あ、俺も気になってたんだけど」
「おめかししてるのよ。そのために早起きしたんだから」
「じゃあご飯はもう食べたんだ」
「二人で食べちゃった。わたしもみんなで食べようって言ったんだけど……あれだけはりきってたから」
「楽しみにしとくよ」
 すると父さんがじょりじょりとひげをさわりながら言った。
「早く食わないと冷めるぞ」
「そうね、二人とも召し上がれ」
 いただきますを言おうとした時、廊下からたったっと音がした。彩の足音――小走りのリズム。
「もう済んだらしいわね」
 母さんが目元をゆるめると同時に、がらっとドアが開いた。
「ママ、どう?」
 一気に空気が華やかになった気がした。それほど綺麗で、元気溢れる少女だった。
 母さんより白っぽい|金髪《ブロンド》。腰まで届くくらい長く伸ばしたそれは、光の当たり具合でチラチラ光っている。今日は頭の上のほうに、小さな深紅のリボンを左右で二つ結んで、ツインテールを作っている。
「結局その髪型で落ち着いたのね。彩は本当に綺麗な子になったわ」
「えへへ」
 彩は幼さが抜けきっていない顔つきで、にこっと笑った。そのままサファイアみたいに青くて済んだ瞳を俺に向ける。
「祐、可愛い?」
「とっても」
 そう言うと、彩はまた嬉しそうににこりとする。
「昔、その髪型してたことあったよな」
「うん。三年生のとき」
「じゃあ四年ぶりか」
「あのときまではリボンママにつけてもらってたから。でも一人でつけるの大変だからやめちゃってたの」
 そう言って俺の隣にすとんと座った。
 彩は服もお出かけようのものを着ていた。今日は赤が基調のようだ。刺繍のある白い長袖の上に赤いベスト、スカートも赤のチェック、提げたポーチもピンクだ。母さん譲りの真っ白な肌に映えている。
 いつからこんなに女の子らしくなったんだろう。
 俺はずっと、彩の成長を見てきた。ついこの間まで「子ども」だったのに、今ではしっかり「少女」になっていた。
 そんな妹も、俺と一緒に春木市に行くことになっている。

》》》

 わたしは祐の隣に座った。
 祐がわたしの顔をぼんやり見ている。
「ご飯食べないの」
「ああ、そうだった。いただきます」
 もしかして、わたしにみとれてたのかな? そうなら、今日はおしゃれしたんだから、もっと見て欲しい。
「ねぇ、祐。向こうついたら、祐が髪型セットしてよ」
「自分でやったほうがうまくいくんじゃないの」
「鏡見ながらリボン留めるのめんどくさいんだもん」
「俺女の子の髪とかいじったことないんだけどなぁ」
 祐は困った顔をしてる。ママが笑った。
「珍しいわね、彩が他人に髪をさわらせようだなんて」
「祐ならいいよ。家族だし」
 この綺麗な髪は、わたしの自慢。ママからもらった宝物。だからできるだけ長く伸ばしてるし、親しくない人にはさわらせない。
「俺じゃなくて萌恵《もえ》にやってもらえば?」
「それでもいいけど……」
「そうね、女の子同士のことは南條さんにお世話になればいいんじゃない」
「……うん」
 まあいっか、それでも。萌恵ちゃん優しいし。
 話してるうちにみんな朝ご飯を食べ終わって、祐は出発の準備、パパはひげそりに行った。
「彩、こっちに来なさい」
 椅子で足をぶらぶらさせてたら、ママに呼ばれた。ソファにいるママの隣に座った。
「なに」
「今から大事な話をするから、ちゃんと聞くのよ」
「なにそれ。はなしくらい聞けるよ」
「それなら安心」
 ママはわたしの手を握った。ひんやりした手。
「彩は今日から、祐と南條さんと、三人で生活するんだよ。ママもパパもいない」
「うん」
「寂しくなったり、いつもと違う環境に困ったりするかもしれないし」
 ママは真面目な顔でわたしを見ている。こどもをあつかうときみたいな話し方だけど、文句はいえない感じだった。
「おまけに、彩の体はだんだん大人になってきてる。大変なときなのよ」
 確かに、わたしは六年生くらいのときから、乳首がとがってきて、こすれて痛いときがある――今はちっちゃいブラジャーをつけてるから大丈夫だけど。おまけに胸がちょっと膨らんできて、いつか赤ちゃんにおっぱいあげられるようになるのかな、なんて思ったりする。
「そういうことのせいで、もしかしたらイヤなこととか、戸惑ったりすることがあるかもしれない。そしたら、南條さんに――祐にでもいいわよ――相談していいのよ」
 ママが言うように大変なのかもしれないけど、わたしは大人になってくのも、都会で生活するのも楽しみ。色んなことが出来るようになりそうで、ワクワクする。
「それもイヤなら、ママに電話してくれてもいい。迷惑なんかじゃないよ。彩が元気でいてくれれば、ママは嬉しいから」
「ママ……」
 ママの手をきゅっと握った。
「まあ、そんなに心配はしてないよ。彩は芯の強い子だからね。春木の学校に行くなんて聞いた時はおどろいたのよ」
「だって祐だけ行くなんてズルいんだもん」
 本当は祐がそのままどこかへ――わたしをおいてどこかへ行ってしまいそうっていうのが理由だけど。
「そう、その意気で行くの。向こうで精一杯楽しくやりなさい」
「うん」
 ママがにっこり笑うと、胸がぽかぽかして、嬉しくなった。
 だけど、そんなママの顔を見てるうちに、急にママと離れたくなくなってきて……胸がきゅうっと締め付けられる感じがした。だけど、もう決まったことだから……。
「準備、終わったよ」
 祐がトランクを引きずってきた。
 なんだか目が熱くなってきたけど、泣くのはこどもみたいで恥ずかしいから。ママの手を離して立ち上がった。
「彩は準備終わったの?」
「大きい荷物全部玄関に置いた」
「じゃあ、まだ早いけど行こうか。父さんまだ?」
「おう、もう少しだ」
 じょりじょりがサッパリしたパパが洗面所から出てきて、自分の部屋に寝巻きを着替えに行った。ママは食器を片づけたらもう行けるみたい。
 祐は隣でウロウロしてる。早く外に出たいのかな。
「この家ともしばらくお別れだよね」
「そうだね……彩は忘れ物ない? やっぱり持っていきたいものとか。昔のくまのぬいぐるみは置きっぱなしだったけど、いいの?」
「いいよ。もう13歳なんだよ」
「あんなに大切にしてたのになぁ」
 祐がいじわるな顔をした。
 恥ずかしいのと怒ったのとで顔がかあっと熱くなった。もうこどもじゃないのに、バカにして……祐じゃなかったらけっとばしてたのに。
 そのうちママもパパもやって来た。
 祐が玄関の扉をきぃっと開けた。薄暗かったところに光が差し込んできた。暖かい光だった。
 わたしは誰にも聞こえないようにつぶやいた。十二年過ごした我が家に向かって。
「ばいばい……行ってくるね」
(つづく)
「グラビアアイドルが義姉になった! 涼音編」を最初から読む
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アンステイブルラブガーデン(2)

Dive in me
アダルトアニメチャンネル
一部の表現に規制がかかったため改稿しています。
 祭壇に向かって、長椅子が二つずつ綺麗に整列している。
 それらに聖母が描かれたステンドグラスを通して、淡い朝陽が当たっていた。
 その光の中、わたしはその椅子の一番前にたった一人で座っていた。今日はまだ観光客も来ていないから、聖堂は静けさでピンと張り詰めている。邪魔をするものは何もなかった。
 ここは|巡聖堂《めぐるせいどう》。
 主にこれ以上なく近づける場所。ここならきっと、思いは届くはず。
 胸元のロザリオを直し、ついでにおさげの髪を整える。両の手を組み、まぶたを閉じる。
「神様……」
 どうか今度こそ、わたしのお願いをお聞き入れ下さい。
 何度もお祈りしたことだけれど、これからもいくらでもお祈りします。
 わたしには、好きな人がいるのです。
 名前は、蒼崎祐《あおざきゆう》くん。昔からずっと一緒の、いわば幼馴染みです。
 その人は、優しくて、一生懸命な魅力的な男性で、いつもわたしは彼と一緒にいました。今日からも、わたしは彼について春木の地に向かいます。
 でも彼は、どうやらわたしのことは仲のいい友達くらいにしか思っていないのです。
 わたしは一生懸命もっと仲良くなろうと頑張ってきました。二人だけでデートみたいなことをしたことや、お互いの家を訪ねたこともあります。
 でも、わたしは……彼にとっては、どうやらただの親友らしいのです。
 わたしのほうから、気持ちはまだ伝えていません。勇気が出ないのです。彼の方から告白してほしいのだけれど、もうそうも言っていられません。このままでは、いつまでたっても一緒になれそうにないから。
 どうか、わたしに勇気を――。
「萌恵」
「きゃあっ! 祐くん!?」
 心臓がどくどくっと変な動き方をした。そのくらい唐突に、肩に手が置かれていた。
 祐くんはお出かけ用の、小綺麗で真面目そうな服を着ていた。普段はあまり見れない格好……わたしと一緒の時はしてくれない格好だ。それだけ二人の距離が近いってことだと思えば、気分も落ち込まないで済むけれど……。
「ビックリさせないでよ!」
「そんなに驚かなくても……普通に声をかけただけなんだけどなぁ」
「嘘! 足音聞こえなかったよ?」
「萌恵が没頭してただけでしょ。そんなに真剣に、一体何をお祈りしてたの?」
「お、教えないっ!」
「何をムキになってるんだか」
「違うって――」
「俺のこと、お祈りしてくれた?」
「す、するわけないでしょ!」
「なんだよそれ……久しく礼拝なんてしてないから、俺のぶんもしててくれたらなと思ったのに」
「な、なんだ」
 お祈りを聞かれたのかと思った。ビックリした。
「じゃあ今するから」
「彩のぶんもよろしく」
「もう」
 えーと神様、あともう少しです。
 祐くんはもちろん、彩ちゃんも向こうで楽しくやれますように。彩ちゃんは祐くんのとっても可愛い人形みたいな妹さんです。あぁ、あと安全な航海を。
 はぁ……折角のお祈りなのに、雰囲気が台無しだ。
「終わったよ」
 立ち上がって、辺りを見回した。相変わらず二人以外に誰もいない。
「そういえば彩ちゃんは?」
「アクセサリーショップから出てこなくて困ってるんだよね」
「彩ちゃん、もうすっかり年頃の女の子だもの。最近あっという間に大きくなったよね」
「そうなんだよなぁ」
 祐くんは遠くを見る目をした。感壊に浸るように。
 その瞬間、胸の中がチクッとした。そんなに妹が気になるの?
「愛する妹が変化していくのは、さぞ複雑な気持ちなんでしょうね」
「なんだその言い方は……まあ確かにそうだよ。寂しくもあるし、嬉しくもある……」
「なんか気持ち悪いよその口調。詩人?」
「わざとだよ。ああそうだ」
 わたしが軽蔑するような目を向けているにも関わらず、祐くんは無視して何か思い出したような顔をした。
「なあ、年頃の女の子って成長するにつれて、兄を嫌うもんじゃないか? そろそろそうなりそうだなぁと思うんだけど、萌恵はどう思う?」
「もう〇学生だし、そうなってもおかしくないよね。もしわたしにお兄さんがいたら、少しは距離を置いたかもね」
「やっぱりか……素直なのは今のうちか」
「素直な子が好きなの?」
「別に、そんなこだわりはないよ」
 こだわりないんだ……じゃあ、わたしはどうすればいいの? 祐くんはこれまで彼女を作ったことがない。やっぱり、女の子にあんまり興味ないのかな?
 気持ちが塞いで黙っていると、祐くんは腕時計をちらっと確認した。
「なんか長話しちゃったなぁ……萌恵、もう行こうぜ。彩もそろそろ終わってるはずだ。船を早く出してもらうんだ」
「本当に、島から出たくて仕方ないんだね」
「別に島がイヤなわけじゃないんだ。ただ新転地が楽しみなんだよ……一回も島から出たことない萌恵にはわからないかもしれないけど」
「子供の頃、出たことあるってば」
「そうだっけ。でも覚えてないんだろ」
「曖昧にしかね。わかったよ。期待しとく」
 祐くんについて、聖堂を後にする。外に出ると、広い敷地が広がっている。整然と花壇や樹木が置かれた、いわゆるフランス風景式の庭だ。
「おーい、萌恵」
 そこに、聞き慣れた低い声がかかった。
「蒼崎くんもいるじゃないか」
 声の主は、わたしのお父さんだった。礼拝の時はきちんと牧師らしい格好をするけれど、今は私服姿だ。つまり、今はきちんとしてないってことだ。
「ご無沙汰してます」
「お父さん、さっきお別れは済ませたでしょ?」
「いやぁ、娘が蒼崎くんと二人で歩いているのを見ると気になってしまってね」
 頭を掻きながら、お父さんは祐くんの反応を見る。頭はつるつるだから、痒くならないと思うんだけれど。どうなんだろう……確かめたくもないけどね。
「俺が連れ出さなかったら延々とお祈りしてましたよ」
 期待した反応は得られなかったらしく、お父さんははぁ、と小さく息を吐いた。
「そうかい……牧師のわたしからも、なんでも神頼みではいけないとは言っているのだが。まあ、とにかく。春木では、萌恵を頼みますぞ。祐くんさえよければ、萌恵ともっと仲良くなって――」
「ちょっと、お父さんったら! 余計なこと言わない! もうすぐ人がどっさりくるんだから、準備してきなさいよ!」
「いやぁすまない。萌恵、頑張るんだぞ」
「うるさいなぁ!」
 顔が熱くなって汗が出てくる。こんなところで気持ちがバレたら、どうすればいいの? わたしはドキドキして倒れそうなのに、祐くんはいつも通りに受け答えした。
「わかりました……萌恵さんのこと、できるだけ支えてあげようと思います」
「頼みましたぞ。君たちに祝福があらんことを」
 そう言ってお父さんは帰っていった。
 ホッとして、まとわりついた汗をふきながら悪態をつく。このはげオヤジ……帰省したらいじめてやるんだからっ!

》》》

 萌恵のことを頼まれてしまった。
 なんだか責任を感じる……そう、俺と彩は春木についても、お互いをよく知る家族が一人はいるが、萌恵はその点たった一人で春木に行くのだ。
 萌恵は同級生で、今年から大学一年生。俺と同じく、まだまだ未熟な、他愛のない若者に過ぎない。しかも女の子で、頼りないときてる。守ってやらねば――そう思った。
「ゆうー」
 すっかり考えに耽ってしまっていたのだが、すっきりとしたよく通る声が俺を現実に引き戻した。俺と萌恵は商店街に戻ってきていた。
「買い物終わった」
 小さな紙袋を持った彩がたったっと駆け寄ってきて、後から父さん母さんが歩いてきている。
「随分時間がかかってたけど、何買ったの?」
「それはひみつ。あっ、萌恵ちゃんおはよう」
「おはよう。可愛い洋服だね……その髪型も似合ってるよ」
「えへへ」
 彩はあの無邪気な笑顔を見せた。萌恵の話を思い出した。これが見れなくなるときが来るのだろうか……こっちは生まれた時から可愛がってやってるのに、不公平なものだ。
「萌恵ちゃんまつ毛長くなってる。かわいい」
「あれ、わかっちゃうかな」
 萌恵が苦笑いする。
 改めて萌恵をまじまじと見て、確かに長いなと思った。萌恵は知りあいの女の子の中でもかなり美人だから、化粧してもしなくても綺麗だ。
 優しげな笑顔と童顔気味の顔つきは、野郎どもにかなりの人気があるらしいが、俺は昔からの付き合いだから、なんというか慣れてしまっている。
「お化粧いいなぁ。わたしもはやくしたい」
「ダメよ、彩は化粧なんかしなくても充分」
 母さんはむすっとした彩から萌恵へ視線を移す。
「南條さん、うちのこどもたちをよろしくお願いします……特に彩のことは見守ってあげて下さい」
 母さんが黄金色の頭を下げた。萌恵は頼りなく胸の前で両手を振っている。
「と、とんでもないです! 見守るなんて……でも頑張ります!」
「ありがとう。安心するわ」
「あっ、もう船来てるよ」
 彩が前方をぱっと指差す。
 真っ青な海が見えてきていた。一隻の真っ白いフェリーが、その景色を切り取るように浮かんでいた。
 それを見た瞬間、体じゅうにじんわりと高揚感が広がった。いつも見ている船なのに、状況が違うとこんなにも感じかたは変わるのか――今日の俺は、早くあの船に乗りたくて仕方なかった。あれが、新しい場所へ俺を連れていってくれる。
「観光客がみんな降りたら、すぐ出発しようぜ」
「そんな急がなくてもいいじゃん」
「そうよね、彩ちゃん。巡島もしばらくお別れなんだからゆっくりしていこうよ」
「戻ろうと思えばいつでも戻れるだろ」
 体がムズムズしてきて、いてもたってもいられなかった。衝動が俺の背中を押した。
「なあ、もう行こうよ」
 俺は萌恵の手を掴んで、強引に引っ張った。戸惑った声が聞こえた。
「えっ?」
 船に向かって駆け出した。
「待ってよ!」
 彩の呼び声さえ、気にならなかった。
 新しい街に行けば、なんでもうまくいく気がした。
 都会には俺の知らないものが沢山あって、知らない沢山の人々がいて――そんな思いで頭は一杯で、あるはずの不安など頭の片隅に追いやられている。。
「祐くん……!」
 萌恵の焦ったような声は右耳から左耳へと通りすぎていった。
 本州からの、場を埋め尽くすたくさんの観光客。俺はその間をかき分けていった。好奇の目線など、気にすらならなかった。ただひたすらに、駆けていった。
 船の前につくと、甲板の上から船長のおじさんが手を振っていた。船を眺める俺を、こどもの頃から知っている人だ。
「蒼崎くんじゃないか」
「おじさーん、もう出発しましょう!」
 おじさんは俺の顔を見て気持ちを汲み取ったようだった。
「わかった! 急いで準備だ!」
 船に乗り込もうと歩き出すと、腕を後ろに引っ張られた。萌恵とつないでいたのを忘れていた。それほどに気持ちは前へ前へと進んでいた。
「ちょ、祐……いきなり何なのよ!」
 そしてすぐに人混みから彩が飛び出してきた。小さいからか素早くすり抜けられたようだった。
「はっ、はっ……待ってって言ったのに。ひどいよ」
「だって……早く行きたいんだ」
 二人が呆れた顔をすると同時に、船長が操縦室から顔を出した。
「もうすぐにでも出れるぞー」
「だってよ、二人とも! いこう!」
「えぇ!?」
 俺がステップを勢いに任せてかけ上がると、二人とも乗り遅れまいと慌ててついてきた。
 トランクを放り捨て階段をかけ上る。無我夢中で。その先の光に向かって。
 二階の甲板に出ると、下に黄金色と、灰色の髪の二人――両親の姿が見えた。二人とも、どうにかたどり着いてくれていた。
「おーい、母さん父さん」
 手を振ると、二人は振り返してくれた。気をとられていると後ろから声が飛んできた。
「祐、なんで待ってくれないの!」
「……もう足がパンパン」
 そう不満たらたらな二人が後ろからぶつかるように追い付いてきた。しっとり汗をかき、息を切らしながら。
「みんな揃ったね……もうお別れかしら」
 母さんが声を張り上げると、父さんも続いた。
「二人とも大きくなったから、春木でも頑張れるな!」
 船が震動し始める中、二人で大きく頷いた。
「彩には母さんから話があったと思うけど、祐には父さんから最後に一言!」
 パパは息を大きく吸って、それを吐き出すように言った。
「やりたいことをやれ! 道を外れない程度にな!」
「了解! 父さんこそ母さんと二人で頑張りなよ!」
 茶化してやると、二人は顔を見合わせた。
「……そうか、お互いさまだな。父さんも母さんに文句を言われないようにするよ!」
 ボーッと汽笛の音がして、船が動き出した。
「ふたりともさようなら!」
「ママ、ばいばい!」
「彩ちゃんの世話頑張ります!」
 汽笛に負けないよう、三人で声を張り上げた。
「みんな頑張れ!」
「お祭りの時には帰ってくるのよ!」
 二人からの声がなんとかこちらに届いた頃には、ぐんぐんと船は進みだしていた。島は離れていき、一面の青に船が通ったところに飛沫で軌跡が出来ている。
 海の涼しい風が、火照った体の温度を、少しずつ元に戻していく。
(つづく)
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アンステイブルラブガーデン(3)

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「ついに島を出ちゃったな……旅行して以来だから、何年ぶりだろう?」
 俺が興奮気味に言うも、返答はない。
「風きもちいい……」
 俺の言葉を無視して、彩は手すりから身を乗り出している。目をつぶり、金に輝く髪をはためかせながら。
「なぁ、萌恵は島から出るの始めてなんだよね? 嬉しくなってくるよね?」
「……へ?」
 萌恵のほうは足がもたないのかへたりこんでいた。何故か自分の右手をいとおしむように見つめ、撫でながら。
「痛かったか……ごめん、ちょっと調子に乗ったよ」
「えっ……あ、そうそう、痛くて……もうビックリしたんだからね!」
「悪かった……つい、熱くなっちゃって」
「祐らしいね」
 彩が目をつぶったまま言った。
「たまに、わたしよりも全然こどもみたいになる」
「こども? そんなことないだろう」
 だが萌恵も彩にのっかった。
「確かにね……これでこそ祐くんって感じだよ」
 萌恵はどこか嬉しそうに笑顔を見せた。どういうことか問い詰めたかったが、どうやらふたりとも許してくれたようなので、文句はぐっとこらえた。これからの生活は長いのだから、余計な喧嘩をしないように。
 静かな、しかし温かい場が続いた。
 しばらくして、彩がやっと青い瞳を俺に向けて言った。
「祐、汗かいた……タオル」

》》》

 階段を下りて、船内に入った。誰もいなかった。乗客はわたしたち三人だけ。
「ほら、いくぞ」
「わっ」
 祐が投げたタオルをなんとか受け取り、顔をこしこしと拭く。スッキリした……汗は嫌い。本当はシャワー浴びたいけど、駄々をこねるのもみっともないから我慢我慢。
 船には当然、座席があった。本当は四つくらい使って寝転がりたかったけど、みっともないからおとなしく座った。
「あーあ」
 ふと呟きが漏れた。パパとママと、もうちょっとちゃんとお別れしたかった。後悔するほど不満なわけじゃないけど。
「あー疲れたー」
 萌恵ちゃんも隣にドサッとお尻を落とした。
「ちょっと借りていい?」
 萌恵ちゃんはわたしからタオルを受け取って、首筋をふいた。
「なんだかふたりともテンション低いなぁ? 今日はまだまだ動くよ」
 わたしの隣に座りながら祐が明るく言う。
「あんなに走ったの久しぶりだもん」
「彩もそろそろ体力つけたらいいじゃないか」
「イヤ」
 むっとして言った。
「祐もわたしと同じカラダだったらわかるのに」
「……悪い、テキトーなこと言っちゃったね」
 祐は頭を掻いて、素直に謝ってくれた。それなら許してあげるけど。
「ううん、いいの」
 わたしは背もたれによっかかった。
 何もない海が、ひたすら続いている。巡島から離れて、遠くに行く……その実感がようやく湧いて、なんとも言えない気持ちになる。
 眺めているうちに、景色はぼんやりとして、曖昧になってゆく。
 ふわふわと浮かんでくる思い出があった。

 わたしは泣いていた。
 一人ぼっちだった。知らない場所だった。寒くて手足が痺れてきていた。段々辺りが暗くなってきていて、空は真っ赤だった。すごく怖かった。このまま一人で、誰も助けてくれない気がして、うずくまってひたすら静かに泣いていた。
 どん、どんと大きな音が響いていて。
 何があったのかは覚えてない……わたしはたぶんまだ小さかったんだと思う。
 このままわたしはきっと……もうダメだ……そんな風にぼんやり思って、ぐったりしだした時だったと思う。
 さくさくと草むらを歩いてくる人影がいた。
 祐だった。胸の中で何かが弾けて、泣きじゃくった。
「あや……?」
 飛び付いたわたしを祐は抱き締めてくれた。……強く、もう離れないくらい。祐の体が、ひどく温かかった。
「怖かったね……」
 その言葉が心に残っていた。そう、本当に怖かった……。
「もう大丈夫だから」
 祐の腕の中で、その言葉を聞いた。ほっとするのと同時に、胸がくすぐられる感じがした。震えていた心が、幸せでいっぱいになっていくのを感じた。

「彩ちゃん?」
 びくっ、と体が震えた。
 ぼーっとしていたみたい。最近昼間に眠くなることがよくある。ママは体が成長してるからだって言ってた。
「寝てたの?」
「寝てないよ」
「嘘だぁ、絶対寝てただろ」
「寝てないってば」
 二人ともにやにやしてるのが気にくわない。また海のほうを向いて黙りこんだ。
「昔の祐くんみたいだね」
「え? 俺こんなんだったか」
「そっくりだよ。見た目は似てなくてもこういうところは兄妹なんだね」
 二人とも、楽しそうに話してる。
 なんだか仲間はずれにされてる気分。わたしも二人と同年代だったらよかったのに。なんで六歳も離れてるんだろう。
「おい、彩……すねるなよ。その様子、俺に似てるらしいぞ」
「……知らないよ」
 別に眠たいのはわたしのせいじゃないのに……ポーチを抱いて、海を睨み続けた。今度ははっきりとした郷愁が湧いた。
 なんとなく、バカバカしくなった……祐についていくために、島の友達とみんな別れて、パパやママともさよならして……。ポーチをきつく抱き締めた。中のアクセサリーの小包みが、軋む音がした。
 そうだ、ママが作ってくれたお弁当でも食べよっと。少しだけ慰められる気がするから。

》》》

 みんなで昼御飯を食べ終わった頃には、船が止まっていた。港についたのだ。
「二時間ぶりの地面だね」
「そだね」
 彩ちゃんは素っ気なく返した。元々無口なほうだけれど、今はプリプリ怒っているみたいだ。お年頃だから、きっと繊細なんだろうなぁと思う。三人きりだったから、退屈だったのかもしれない。
 巡島への船は一日二本。観光客の人々は基本、朝の便に乗り、夜の便で帰ってくる。わたしたちはその朝の便で本州に戻ってきたので、今日は同乗者はちょうど一人もいなかったわけだ。
「やっと着いたぞ、春木に!」
 彩ちゃんとは対称的に、やたらとテンションが高い祐くん。相変わらず、熱意というかやる気というか、凄いなぁと思う。
 初めてあった時からそうだった。何か目標を見つけると、一生懸命取り組むけど、すぐに他のものに目移りして……思い出すだけで微笑ましくなった。きっとそういうところが危なっかしくて、助けてあげなきゃって思って……いつの間にか好きで仕方なくなっていたんだと思う。
「おい萌恵、ちゃんとついてきてよ」
 少しぼんやりしていたところを、現実に引き戻された。今は祐くんにお世話になりっぱなしだ。
 高層ビルが、遠くに見えていた。というか、大きすぎて嫌でも目にはいった。
「さっさと街に出てみようぜ」
「ちょっと待ってよ!」
「はやく来いよ」
 ずんずん歩いていく祐くんに、慌ててついていく。彩ちゃんも身の丈に合わない大きなトランクをひきずって、なんとかついてきている。
 コンクリートで固められた坂を登りきった先で、視界が開けた。
 目を見張った。
「すごい……」
 つい、口に出してしまった。あまりにも想像を越えていたせいで。
 足元から、柱《ビル》が天を支えていた。島にはこんな建物はなかった。一番上までいったら、どんなに高いんだろう……考えると体がざわめいた。
「……わぁ」
 遅れてきた彩ちゃんも口をぽかーんと開けている。
「な、驚いただろ? 俺たちは今日からここで生活するんだよ」
 わたしも萌恵ちゃんも、呆然として何も言わなかった。
「楽しみだよね。早く行こうぜ」
「ちょっと! どこいくの」
「ああ、そうだった」
 祐くんがやっと止まってくれて、わたしに向き直った。
「先に行きたいところ、あるんだろ」
「えっ? もしかして……」
 祐くんの笑顔を見ながら、わたしの胸は期待に躍った。

「凄い! 本当に大きい!」
 それが見えた瞬間、衝動的に大声を出していた。
 トランクを泊まるマンションに預けた後、わたしたちはそこへ向かった。港から徒歩で十分くらいのあたり、港湾地区と都市部との境界に、それは建っていた。
 カテドラル大聖堂。
 巡聖堂とは形も大きさも、荘厳さも桁違いだった。まさに神の社といった具合だ。
 わたしたちはそれを真下から見上げた。
 大きな十字架が立つ本館の両脇に、槍のような館が並んでいる。
「ねぇ、入ろうよ祐くん」
「うーん、俺はちょっと」
「わたしも行かない」
 兄妹はすっかりわたしを見送る気なのか、立ち止まっていた。
「えーっ行きたいの、わたし一人?」
「萌恵ちゃんばいばい」
 彩ちゃんなんか既に手をヒラヒラ振っている。祐くんもすぐにでも背を向けそうだ。
「本当に敬虔だなぁ……俺たちは買い物済ませてくるから、楽しんできてね」
「楽しむっていうか……行きたくならないの? 二人とも、こどものときに洗礼は受けたんでしょ?」
「わたし覚えてないや」
「俺はなんとなく覚えてるぞ。頭に水かけられてくしゃみしちゃって」
「覚えてるとか覚えてないとかじゃないの! わたしたちは主のもとにファミリーに……」
 二人ともキョトンとしていて、話すのがバカバカしくなってやめた。祐くんと別行動するのは勿体無いけど、ここに入りたいし、仕方ない。
「もう……わかった。じゃあどこかで待ち合わせしないと」
「うーん、それなら泊まるマンションの前で、午後五時でいいか」
「その後はすぐ家に直行ってこと? そんなに時間かかるかな?」
「萌恵ならかかる気が……あと萌恵も買い物するにしても、俺らと買うもの違うだろうし。分かりやすくマンションの前でいいじゃないか」
「うん……そうしようね。じゃあね、二人とも」
 別れの挨拶を交わして、一人になった。
 少し寂しいけれど、それを打ち消すくらいにはワクワクしていた。
 わたしは分厚い扉を開いた。
 中はオレンジ色の光で満たされていた。油彩画が飾られて、落ち着く感じで、好印象だった。オレンジ色のの光源は蝋燭で、色々な所でキラキラと小さな光を灯している。
 それが照らす壁をよく見ると、複雑なレリーフが彫り込まれていた。感激して、ここに通いつめようと思った。きっとこの教会、お金があるんだろうなぁ、すごいなぁ。そんなことを考えながら古時計を見る。
 時刻は十二時を回ったところ。ちょうど礼拝は終わって、信徒たちは出ていった後のようだった。受け付けには誰もいなかった。
 かえって胸がときめいた。この巨大な空間を独り占めできる。
 玄関を出て、丁寧にカーペットの敷かれた床を歩く。またもや立派で豪華な扉があり、そこが礼拝堂だと確信した。
 ギギギっと耳障りな音を立てて、それは開いた。
 またもや、目を見張った。
 初めての広さだった。巡聖堂の四倍、それとも五倍? とにかく圧倒されるほどの空間だった。
 ペンデンティブの天井には、わたしを押し潰すように、巨大な、質量あるシャンデリアが煌々と佇んでいた。少しやり過ぎな気がした。
 それ以外、物の配置は巡聖堂と変わらなかった。長椅子が綺麗に二列並んでいて……あれ?
 椅子の背もたれ越しに、二つの頭が見えた。髪型からして、女の人と男の人……。
 眺めていると、ちょうど出ていくつもりだったらしく、立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。わたしは目が釘付けになった。
 あごひげを蓄えた、高そうな服を着た紳士っぽいおじさんに――ではない。その横にいる女性……その人が、あまりに綺麗だったせいで。
 大人の美しさ、といった感じだった。ウェーブしたサイドテールが前に流れている。胸の開けた白いYシャツ、赤いシャープな眼鏡、タイトな紫のスカート……かっこいいくせに、出るところは出た最高のスタイルで、妖艶ささえ漂っていた。胸がわたしなんかよりずっと大きくてすごいと思った。
「あら、こんにちは! もう礼拝は終わったわよ」
 サラッとした、聞きやすい声だった。人懐っこそうな笑顔で、わたしと話したがっているようだった。
「こ、こんにちは」
 オーラに呑まれて、上手く声が出なかった。でもわたしのか細い声を聞いて、その女性は愛想よく微笑んだ。
「この聖堂に来るのは、初めてかしら?」
「は、はい」
「緊張する必要、ないのよ。|基督《キリスト》は救いを求めるなら、誰でも受け入れてくれるわ」
 そんな言葉が出てくることに、わたしの体はビビっと反応した。この人はしっかりとした教徒に違いない。島ではそういう人は希少だったので、喜びが込み上げる。
「あの! わたし、南條萌恵って言います。沖合いの巡島ってとこから来て、誰も知り合いがいなくて……信者のお友達が欲しくて」
 紳士っぽい人はわたしがまくし立てるのを驚いて見ていたけれど、女の人は子犬でも可愛がるように優しく笑みを浮かべていた。
「だから、今度一緒にこの聖堂に来ませんか!」
「もちろんよ! いつでもここにいるから、会いに来てちょうだいね」
 いつでも……? 疑問が浮かぶけれど、訊ねる前にその夫婦みたいな二人はわたしの横を通りすぎていった。
「私は|桃楼美佳《とうろうみか》。また今度、会おうね」
 扉がギギギと音を立てて閉まった。
 しばらく立ち尽くしていた。綺麗なくせに、なんだか凄く人が良さそうな人だった。いい友達になれたらいいなと思った。

(つづく)
「グラビアアイドルが義姉になった! 妹・陽菜編」を最初から読む
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アンステイブルラブガーデン(4)

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 都心部に入っていくと、ごみごみと沢山の人たちが密集していた。
「うわぁ……」
 彩があからさまにイヤそうな顔をした。
「なんだよ、人混みダメなの?」
「気持ち悪いもん」
「何が」
「ぜんぶ」
「なんだそれ」
 交差点の信号が青になり、同時にわらわらと人々が横断歩道を渡る姿――島でそんな光景を見ることはなかった。馴れない彩の気持ちもわかる気もする。
「祐は平気なの」
「逆にすごいと思う」
「意味わかんない」
 彩は唇を少し尖らせた。
 すねちゃってるな、と思いながら俺は目の前の青になった信号を渡った。彩は不機嫌でも、なんだかんだ俺の横にぴったりついてくる。
「手、つなぐか」
「えっ? ……わたしもう〇学生なんだよ」
 彩はつんとした顔をした。まだまだちびのくせに、と言いたくなる。
「そう言えばそうじゃないか。最初はあれでも買いにいこう」
「へ、あれって?」
 キョトンとする彩を連れて、デパートに入る。一階は化粧品売り場で、甘い匂いがプンプンする。彩が蜜に引き寄せられる蝶のようにフラフラと離れていく。
「おーい」
「なんか買ってくれるの?」
「ちげーよ。母さんに言われただろ」
「ちぇっ……ケチ」
 いつから舌打ちなんてするようになったんだ……嘆きながらエスカレーターを昇る。
 彩は階ごとに商品が気になるようで、そわそわと俺のシャツを引っ張った。
「どこまで昇るの?」
「八階」
「そんなに……!」
 素直に驚いた顔だった。かと思うとまたキョロキョロし始める。好奇心に満ち溢れている感じでなんだか微笑ましい。
 そのうちに八階は洋服売り場についた。ようやく彩も何を買うかわかったようで、ぱっと笑顔になった。
 
 彩がごそごそと、カーテンルームの中で動いている。そしてスルスル、と衣擦れの音……服を脱いで、床に落としたところだろう。
 ちょっとからかってやろうと思った。普段すました顔の彩が、困る様子はなかなか見ていて面白い。
「そろそろいいかな」
 カーテンを少し開けて、中の様子を見た。同時に小さな悲鳴が聞こえた。
「ひゃっ」
 下着姿の彩が、ほんのり顔を赤くしていた。見たことのないような恥じらう表情だった。すっかり女の子らしい反応で、兄ながらドキリとした。誤算だった。
 透き通った肌に、水玉模様の下着。それを見た一瞬後には、彩はさっきまで着けていた服で体を隠していた。
「や、やめてよ」
「あぁ……なんかごめん。おどかそうと思って」
「それノゾキ。捕まるよ」
「家族だしいいじゃんか。着るの手伝おうか」
「だめ」
 シャッと勢いよくカーテンが閉じられた。
 冷静に考えて、今したことを後悔した。こういうバカなことをするうちに嫌われていくかもしれない。おまけに彩の反応がやけに生々しくて、自分がただの変態に思えてくる。
「ゆうー」
 落ち込みすぎる前に、カーテンが開いた。
「いい感じかな?」
 制服姿の彩が俺を見上げていた。
 清楚さが漂う灰色のブレザーは、派手な金髪のイメージを和らげている。襟や裾のところが水色で、明るい印象だ。瞳の色とマッチしている。
 ひらひら揺れているのは、水色と青のチェックのプリーツスカート。丈があっていないのか、ほっそりした太ももが少し見えすぎている気がするが、それもまた可愛い。
 特に考えずに、言葉が出ていた。
「やたら似合ってるじゃん」
「えへへ……わたしもそう思ってた」
 彩は得意気にニコリとした。くるりと一回転してみせる様子は自信たっぷりだ。
「でもさ、スカート短すぎないかな。替えてこいよ」
「こんなもんだって、店員さんが言ってたよ」
 彩は指先でスカートの裾をいじりながら言った。
「ほんとかよ」
「うん」
 彩は平然とした顔で俺を見ている。
「まあいいや。ちゃんとパンツ隠せよな」
「ノゾキに言われたくないよ」
「悪かったよ。謝るからでかい声を出すな」
「じゃあおわびに、新しいお洋服買って!」
 彩が瞳をキラキラさせて俺にすりよってきた。買ってあげたいと一瞬思ってしまう力があった。おねだりまでするようになったか……十三才の小娘め。
「これから買い物するものがたくさんあるんだ。仕送りは多くないし、お金は節約しないと後で苦労するからね」
「うう……ケチ」
 彩はぷいっとそっぽを向いて、カーテンの中へ帰っていった。

 考えだすと新しい生活に必要なものはたくさんあって、手元に残る荷物も多くあっという間に紙袋は増え、財布は薄くなった。彩は制服を買ってからすっかり機嫌がよくなっていて、買い物に口を出してきた。彩の部屋に置くものが増えた。
 デパートを出る頃には日が傾き始めていた。
「なんか歩き回って足疲れた」
「しょうがないな、袋持ってやるよ」
「やった……ありがと」
 彩は軽やかな足取りで俺の前を歩いた。それを見ると不満が残るが、大して重くないし、彩は元気そうだし、考えてみれば何も損はない。
「ねぇ、祐」
 かと思うと立ち止まる彩。
「他に持つものあったか?」
「違うよ、もう。こっちきて」
 彩は建物の影の、すみのほうに歩いていった。何をするつもりなんだろう……そんな期待とわずかな不安を感じながら、俺はさらさら揺れる金髪についていった。
「どうしたの」
「えっとね」
 急にもじもじとポーチをいじり出す彩。それを見ながら、俺は袋を地面に置いて突っ立っていた。もしかして、恥ずかしがっている? 
「どうしたの、くねくねして」
「してないよ……」
 彩は顔を赤らめた。こうやっていじめてやるのはけっこう楽しい。
「わかったよ。俺は待ってるからゆっくりどうぞ」
「折角気分よかったのに」
「ごめん、もうからかわないから」
 謝ると、彩はぼそぼそと言った。
「いつ渡そうかな、って思ってたんだけど……」
 ポーチの中から出てきたのは、小さな紙の小包みだった。
「これは?」
「覚えてないの? 島で買ったやつ」
 言われればすぐに思い出した。アクセサリーショップで、彩はこれを買っていたのだ。
「あげる……一応、お揃いだから」
 彩は包みから二つのネックレスを取りだし、片方を俺の手に載せた。
 |碧《あお》い石が飾られた、ちょっとした品だ。だが品そのものより、彩から貰ったことに意味があった。
「ありがとう……嬉しいよ。彩からプレゼントなんて始めてだよね」
 言うと彩はなんでもないよ、と言わんばかりに目をそらした。
「あの……アクセサリーのお店で、おばちゃんにしばらく帰ってこないって言ったら半額にしてもらえて。だから二つ買ってきた」
 本当だろうか……あの店のババアはケチなことで有名だ。まあ彩がそう言うならそれでいいか。
「凄く嬉しいよ、彩」
 早速自分の首にそれを飾った。男でも似合う感じのもので、ちゃんと考えて選んだんだろうなと思った。
「彩もつければ」
「うん」
 彩にもよく似合っていた。同じネックレスをつけたお互いを見合った。
「えへへ」
 彩が照れた様子で笑った。なんだか胸が温かくなった。

》》》

 お日様が傾いてゆく中で、マンションの前に歩いて行くと萌恵ちゃんが待っていた。
 早速困った顔で祐を責めた。
「遅いよ。ずっと待ってて暇だったんだからね」
「ごめん、二人だから買うものが思ったより多くて」
「確かに多い……荷物少し持ってあげようか?」
「いいよ、そんなに重くない」
「それならいいんだけれど……彩ちゃんも親切に甘えすぎちゃダメだからね。祐くんが可哀想でしょ」
「いいじゃん、祐が自分で持つっていったんだもん」
「優しい……あれ、二人ともその首飾りはどうしたの」
「えへへ」
 つい、さっきのことを思い出して頬がゆるんだ。
 初めてのプレゼントは、ドキドキだった。祐が喜んでくれるか不安で胸が苦しかったけど、上手くいった時にそのぶん胸が一杯になって……頬がゆるんじゃう。
 祐もにやにやしていた。
「まあ、兄妹愛だよ」
「ふぅん、仲いいんだねぇ……一人っ子のわたしにはわからないのかな」
 萌恵ちゃんはちょっと不思議そうな顔をした。
「ま、それはともかく。ここがわたしたちの新しい家になるんだよね」
 萌恵ちゃんがオレンジ色の空を仰いだ。祐によるとお手頃価格らしくて、ちょっと古めいているけど、とっても大きなビルがそびえ立っていた。
 やっと家に入れると思うと、急に足が重たくなった気がした。
「わたし疲れた。はやく入ろ」
「そうだな、俺も荷物下ろしたいしはやく行こうぜ」
 祐はマンションに入って、管理人のおじいさんを呼び出した。予約してたからあっという間に手続きは終わった。トランクを受け取った。
「俺たちの住まい、地上十三階だってよ」
 高い! 倒れそうでなんか怖いけど、上からの景色も楽しみ。
「じゃあ、エレベーター乗んないとね」
 一番に乗り込んで十三のボタンを押した。二人が乗り込むとドアが閉まって、するするとわたしたちを載せた箱は昇り始めた。
 突然眩しい光が差し込んできた。わたしはその方向を見て目を見張った。
 外が見えるように、一面がガラス張りになっていた。見えたのは、夕陽に照らされた街の姿。
 街のあらゆるガラス、コンクリートに、橙色が反射していて、それなりにいい光景だった。また胸がときめいた。
 萌恵ちゃんが横で呟いた。
「うわぁ……綺麗だね」
「だね。今は島とここ、どっちがいい、彩?」
「うーん、同じくらい」
 じっと風景を見つめたまま答えた。なんだかここでの生活が楽しみになってきた。
 そのうちに十三階についた。手すりから下を見ると凄く高かった! 地上の車がミニカーだった。落ちそうな気がして慌てて体を引っ込めた。
「わたしは祐くんたちの隣の部屋だから。またあとでね」
 萌恵ちゃんは新しい部屋に入っていった。ドアが閉まると、祐はわたしを見た。
「ここが今日から俺と彩の新しい家だよ」
「うん、楽しみ」
 応えると、祐が鍵を差し込んで、新しい部屋のドアノブを捻る。ガチャリと古っぽい音がして、開いた。
 祐が暗い部屋の電灯をつけて、なかに入った。ついていくと、なんだか嗅ぎなれないにおいがした。変な感じ……たぶん、だんだん慣れると思うけど。
 ちょっと狭い廊下を歩くと脇に部屋があった。
「そうだなぁ、ここを彩の部屋にしようか。俺のはその奥。いい?」
「うん。あー、疲れた」
 何もない部屋の床に、倒れるみたいにごろんと寝そべった。ちょっと埃があって汚いけど、もういいや。やっとゴロゴロできると思うと安心した。
「おい……しょうがないなぁ。とりあえず彩は休んでていいよ」
「ありがと」
 祐がゴトゴト居間に届いてたダンボールをいじってるのをぼーっと見ていると、急に疲れが体にのし掛かってきた。
「ねむ……」
 まぶたが重い……ふぁぁとあくびが出た。目をこすったけど……やっぱり眠い。
 また寝ちゃうかも……まあいっか……祐が起こしてくれるまで寝よっと……。

》》》

 夕陽を見て目をキラキラさせていた彩が、ころりと眠りこけてしまったので、一人で部屋の整理をしなくてはならなくなった。とりあえず居間の大きな段ボールを開け、家から宅配したテーブルやらソファを取り出し配置。一人で今日中に全て片付けるのは無理なので残りは隅に押しやった。
 彩がやけに埃っぽい部屋で寝ていたので、抱き上げて居間のソファの上に寝かせた。以前抱き上げた時よりだいぶ重たくなった感があった。
 萌恵でも呼びに行こうとすると、名前を呼ばれた。
「んん……ゆう……はやく」
 寝言だ。改めて彩の寝顔を観察した。
「夢の中で何やってるんだよ」
 考えていると彩はもそもそ動いてまた寝息をたて始めた。
「んん……」
 小さな胸がゆっくり上下している。
「ったく可愛いなぁ」
 俺は彩を生まれた時から可愛がってきた。
 彩が生まれた時、俺は六歳だった。母さんに会いに行くと胸に金色の髪を持った赤ちゃんが抱かれていた。その存在はあまりにも弱々しくて、俺は子供ながらに優しくしてやろうと思ったものだ。
 彩の金髪青眼……まるで欧米人のような容姿には訳がある。
 巡島にはかつて、ヨーロッパからの宣教師が訪れた。島民を教化し、一つの聖堂を建設した。それが巡聖堂。今でも島の多くの人がキリスト教徒で、俺と彩も一応そうだ。萌恵なんかは父親が牧師のせいでやたらと信心深い。
 いつからか、少しずつ訪れたヨーロッパ人は島の人々と交わり始めた。
 と言っても、白人の血は遺伝的に劣性だ。大抵は普通の日本人が生まれてくる。俺みたいに。だが時々、父母の中にあった劣性の遺伝子同士が変わった容姿の子を作り出す。彩は珍しい子なのだ。
 だが、人形みたいでやたら可愛い見た目の代わりに、彩にも苦労がある。
 金の髪や青い光彩……体中の色が薄いせいで太陽に弱い。今寝ている彩の体も、少しだけ桃色に日焼けしている。夏なんかは下手に外出すると全身まっ赤っ赤になる。日焼けは火傷みたいなものなので、後で痛くなるらしく辛いと言っていた。
 だから彩は昔から家の外に出たがらなかったし、同じく金髪の母さんも気持ちは分かるらしくそれを許していた。そのせいで彩はあまり体力がない。たぶん今日もかなり疲れたんだろう。
「……ゆっくりお休み」
 ちょっと汗ばんで、張り付いた彩の前髪を指で整えた。くすぐったそうに彩が寝返りを打った。
(つづく)
「涼音編」を最初から読む
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アンステイブルラブガーデン(5)

親友の彼女を寝取る時。~優子の場合~ ダウンロード販売
戦乱プリンセスG
 巨大な面積を誇る大都市、春木。
 その地下にはたくさんの線路が何重にもせめぎあうように走っていて、まるで蜘蛛の巣が張られたようになっている。
 そんな複雑な線路の中の、地下鉄車両の中で俺と彩は揺られていた。
「やっぱり、人多すぎ」
 例の制服姿の彩は、不満そうに口を尖らせている。ベージュの学校指定鞄を踏まれないように抱える様子は健気で微笑ましい。
 彩の言う通りで、俺たちの周りは相当数のおっさんと若い学生達で埋まっていた。
「ちょっと息苦しいよね……でもさ、こんなにたくさん人がいるのも……」
「全然すごくない。むさ苦しいだけ」
 壁しかない窓の外を眺める彩の顔に、すごいスピードでライトの光が流れていき、ツインテールの金髪が、つやつやとそれを反射する。
「まあ、彩はあと数駅で降りれるんだから我慢しなよ。市民ホールなんかまだまだ遠いんだぞ」
 彩はけだるそうに俺を見た。
「でもやっぱり電車やだ……明日からバスにしよ」
「バスだって混んでるよ」
「うう……じゃあ自転車買おう。祐がペダルこいで、わたしが後ろに乗るの」
「そうすると早起きしないと学校間に合わないよ? それでもいいの?」
 彩は膨れっ面をした。
「じゃあがまんする」
「よろしい」
 そう言う俺はスーツ姿だった。なんだか真面目なサラリーマンにでもなった気分だ。こんな服装は今日が過ぎたらしばらくしないだろう。
 今日は俺の大学の入学式でもあり、彩の中学の入学式でもある。彩の中学は俺の大学の附属で、両者の校舎はすぐ近くにある。しかし今日は別々の駅で降りなくてはならない。大学の入学式は市民ホールで行われる。
「小桜、小桜――」
 駅名がアナウンスされ、車両が停止した。ぞろぞろと人が降り、少し余裕ができた。
「ふぅ」
 彩がため息をついた時だった。
 さっき降りた人たちよりも多い数の人々が、怒濤のように雪崩れ込んできた。
「わっ……むふっ」
 彩が背中を押され、よろめいて俺のみぞおちあたりに鼻をぶつけた。
「おっと」
 それを受け止めたせいで抱き合うような形になっていた。
 ドキリとした。彩にここまで近づくのは数年ぶりだった。見下ろすと金色のつむじがあった。真新しい制服の匂いと、ほんの少し、シャンプーのいい匂いがした。
「彩、大丈夫?」
 あんまり密着していたから、てっきり嫌がられるかと思ったが、彩はおとなしかった。
「……」
 顔もあげず、黙っている。
 服越しに彩の息づかいが伝わってきて、奇妙な緊張感があった。早く離れたほうがいいような、このまましばらくくっついていたいような。
 とくん、とくんという心臓の音が聞こえた。自分のか、彩のかはわからないが。
 次の駅のアナウンスが鳴り、あっという間に時間が過ぎたことを知った。電車がとまり、人が降りていき、彩がそっと離れた。
 ちらっと俺を見あげて、すぐに目を反らす。落ち着かなく鞄を指でいじっている。
 何だか変な雰囲気だった。
「祐、あついよ……汗かいちゃった」
「そうか? それよりもう発車するぞ」
「……うん」
 彩は何か振りきるように、たったっと車両から降りていった。
 ともかく仲に亀裂は入っていないようで、安心した。

》》》

 ああもう! どうしてこうなったの?
 もどかしさで一杯で、貧乏ゆすりをしていた。今、わたしは一人満員電車で押し潰されている。息苦しい。
 混雑した電車乗り換えで祐くんたちに遅れ、はぐれてしまった。すごく慌てた。行き着く駅の名前しか覚えていなくて、どの電車を使うか、なんてことは祐くんに任せきりだった。地下だから携帯電話もつながらない。
 なんて不運なの……神様、こんな時に試練なんかいらないのです。祐くん、探しに来てくれないかなぁ。
 しばらくおろおろしているうちに、駅員さんに訊けばいいことに気付いた。
 でも電車に乗ってからも気持ちは落ち着かなかった。
 早く追い付きたくても、電車ではどうしても追い付けないのが嫌だった。祐くんが待っていてくれなければ、今日はもう家に帰るまで会えないかもしれない。人が多すぎるのだ。
 どうしよう……一人じゃ不安だよ……。
 こんなに人は多いのに、知り合いは一人もいない。心細さが身に染みた。

》》》

 彩がいなくなったところで、萌恵が心配になってきた。
 頼りないやつだからなぁ……神頼みにして、違う方面の電車に乗っていないといいけど。
 ますます車内は混雑している。信じられない光景だった。人がこんなにたくさんいるのに、誰も話さず、大抵の人はスマートフォンをいじって、一人の時間を過ごしている。違和感はあったが、なるほどそれぞれが騒ぎだしたらとても耐えられないなとも思った。
 やはりこんなに電車に人を詰め込むなんてどうかしている。
 その時だった。電車が急に揺れた。ざわりと乗客がどよめくほど。
 バランスを崩し、どこかに掴まろうとした。足場がなく倒れそうで必死になった。
 だが掴まるものはなかった。近くにいた人にぶつかった。
「ひゃっ」
 だがその人は支えきれなかった。俺はどうしようもなく倒れ、床に手をついた……はずだった。手が何か柔らかいものに触れていた。
 体を起こした……なんだろう、この感触。
「……!」
 それを見て、愕然とした。寒気が一瞬で身体中を走った。
 女の子が俺の下に倒れていた。
 しかも俺は彼女にのしかかっていて――指はその胸に食い込んでいた。
 目の前に、大きな黒い瞳があった。目があった瞬間、時間が止まったように感じた。
 綺麗だった。
 自分が置かれた状況を忘れてしまうくらいに。
 その子の顔つきは上品で、髪型はハーフアップ。どこかお嬢様的な雰囲気があった。顔を赤らめ、恥ずかしそうに眉を寄せていて……ごくりと唾を飲んだ。
 服は淑やかながらも気品ある薄紫のブラウスで、そのうえなんだか甘くてお上品ないい匂いが彼女から漂ってきている。
 胸はちょうど手に収まるくらいの大きさで、感触はまるでマシュマロのよう……。
 女の子にここまで心を動かされたのは初めてだった。
 魅入られていた。しばらくそのまま動かないでいた。
 そのせいもあったのだろう。その女の子は震えていながらも、目一杯の悲鳴を車内に響かせた。
「ひゃあぁぁぁぁぁっ!」

 乗客のゴミを見るような視線を痛いくらいに集め、若干罵声も聞き、俺は次の駅で車両から押し出された。たぶん駅員が駆けつけてくるんだろうなと思いつつも、相手の女の子のほうが気になっていた。
 その子は一緒に地下鉄を降り、目の前でしゅんと目を伏せていた。
 その自信なさげな立ち姿を見て、目が離せなくなった。あまりにも弱々しい印象で、助けてやらねばならない気がした。
 どうしてこんなに頼りないのかと考えると、髪型が一役買っている気がした。
 つやつやしたまっすぐな黒髪は、胸のあたりまで伸びているのだが、前髪が長く、目に少し被さっていて、なんとなく幸薄げなのだ。
 黙っているのが可哀想だった。
 話さなくては。何から話せばいい?
 俺に負い目はないと思うが、とにかく謝るのが先だろうか。
「君……その、さっきはごめんね」
 そっと声をかけると、黒い前髪ごしに俺を見た。怖いものの様子を窺うように。
「でもわざとじゃない……わかってるでしょ? 電車があんなだからいけないんだ」
 目を合わせようとすると、また前髪の奥に消えた。嫌な予感がした。
「まさか俺のこと、警察に連れて行くつもり?」
「そ、そんなこと……」
 緊張したような、か細く震えた声だった。
 可愛い声だと思った。この子が黙って一体何を考えているのか、猛烈に知りたくなった。
「……そんなに怯えないでくれよ。俺はあんなつもりはなくてさ。ったくあんなに揺れるなんてどうかしてるよね」
「……」
「君もそう思うでしょ?」
「……」
「あーあ、地下鉄乗るんじゃなかった」
「……」
 何か声に出していれば、いつか言葉を発してくれるのではと思って、根気よく続ける。島と違って、今、仲良くならないと次にどこで会えるかわからないのだ。
「俺、地下鉄乗るの初めてでさ……ここまでだとは思わなくて」
 そう言った途端、いきなり反応があった。驚いた表情を見せ、前髪の間から大きなぱっちりした瞳を覗かせた。
「初めて、なんですか?」
「ああ。俺最近この街に来たばっかりなんだ」
「わた、わたしもです!」
 これまでよりはっきりした声だった。チャンスだと思った。共通の話題が見つかって安心した。
「そうなの? 俺、巡島ってところから来たんだけど、わかる?」
「あっ。あの沖合いの島です………か?」
「そうそう。聖堂があって有名だし、一回くらい来たことあるんじゃないかな」
「……な、ないです。ごごめんなさい」
 彼女は頭を下げた。本当に申し訳なさそうで、見ている方が困った。
「別に謝らなくても……ええっと、君はどこから来たの?」
 そう聞くと、妙な沈黙があった。何か隠し事でもあるのかもしれない……ますます興味が湧いた。
「それは……あの、ごめんなさい……」
 声がどんどん小さくなっていった。聞き取るのがやっとだった。
「ああ、そうだよね。見知らぬ他人にそんなこと教えないよな……自己紹介してなかった。俺は蒼崎祐。君は?」
 しばしの沈黙の後、呟いた。
「水無月《みなづき》……桐華《きりか》です」
 涼しげな、清楚な名前だと思った。似合っていると思った。
「じゃあ、水無月さんって呼べばいいかな」
「はい……蒼崎、さん」
 どうも堅苦しさが抜けない。でもそれが彼女らしさなのかもしれない。
 俺は、彼女をどうやって連れ出すか……さっきからそればかりを考えていた。縛られて、固まっている感じのこの子を解きほぐして話を聞きたかった。
「水無月さんって、もしかして春木大学?」
 はっとした様子で俺を見た。ちょっと嬉しそうだった。
「あ、蒼崎さんも、そうなんですか」
「一緒に入学式行かない?」
「えっ……」
 またしても沈黙があった。不安そうな目付きをしている。
「大丈夫、俺変な人じゃないから……さっきのことは頼むから忘れてよ」
 水無月の耳がぽっと赤くなった。
 そこに誰かが近づいてきた。小太りの駅員だった。
「やったのは君か! ちょっとこっちに来なさい、ほら」
「すみません、もう解決してますから」
 俺は水無月に目配せした。彼女はおどおどと喋った。
「その、わたしは大丈夫なんです……ご迷惑を、おかけしました」
 駅員は眉をひそめた。俺を睨んだ。
「そんなわけないでしょう。ねえ」
 確かにこの子じゃなかったら、許してくれなかったかもしれないと思い、背筋が寒くなった。
「この人に言いくるめられたのなら、正直にいったほうがいいですよ」
「だ大丈夫です…………わたしに、任せてください」
 水無月は下を向いたまま喋っている。会話はどうにも苦手らしい。
「うーん、それなら……いいんですが」
 駅員も自分が彼女を責めている気になったのか、たじたじしている。
 俺はその淑やかさに心を奪われていた。こんなにも清純な彼女は一体何を考えているのか、もっと知りたい……考えが浮かんだ。
「水無月さん、さっきのお詫びに、お昼おごるから、それでいい?」
「え? ……そんな、申し訳ないです」
 めげずに言葉を被せる。
「本当に悪かったと思ってるんだ。お詫びしないと、こっちが気分が悪い。頼むよ」
 水無月は俺をじっと見た。なにか考えを巡らしているようだった。
「それは……いいんですか?」
「俺がそうしたいんだよ」
「ごめんなさい……」
 この子……なんて控えめないい子なんだ。文句ばかり言う彩に爪を煎じて飲ませたい。
「じゃ、とりあえず入学式行こうか」
「はい……」
 水無月のことで頭が一杯で、すっかり萌恵のことは忘れていた。
(つづく)
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