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アンステイブルラブガーデン(2)

Dive in me
アダルトアニメチャンネル
一部の表現に規制がかかったため改稿しています。
 祭壇に向かって、長椅子が二つずつ綺麗に整列している。
 それらに聖母が描かれたステンドグラスを通して、淡い朝陽が当たっていた。
 その光の中、わたしはその椅子の一番前にたった一人で座っていた。今日はまだ観光客も来ていないから、聖堂は静けさでピンと張り詰めている。邪魔をするものは何もなかった。
 ここは|巡聖堂《めぐるせいどう》。
 主にこれ以上なく近づける場所。ここならきっと、思いは届くはず。
 胸元のロザリオを直し、ついでにおさげの髪を整える。両の手を組み、まぶたを閉じる。
「神様……」
 どうか今度こそ、わたしのお願いをお聞き入れ下さい。
 何度もお祈りしたことだけれど、これからもいくらでもお祈りします。
 わたしには、好きな人がいるのです。
 名前は、蒼崎祐《あおざきゆう》くん。昔からずっと一緒の、いわば幼馴染みです。
 その人は、優しくて、一生懸命な魅力的な男性で、いつもわたしは彼と一緒にいました。今日からも、わたしは彼について春木の地に向かいます。
 でも彼は、どうやらわたしのことは仲のいい友達くらいにしか思っていないのです。
 わたしは一生懸命もっと仲良くなろうと頑張ってきました。二人だけでデートみたいなことをしたことや、お互いの家を訪ねたこともあります。
 でも、わたしは……彼にとっては、どうやらただの親友らしいのです。
 わたしのほうから、気持ちはまだ伝えていません。勇気が出ないのです。彼の方から告白してほしいのだけれど、もうそうも言っていられません。このままでは、いつまでたっても一緒になれそうにないから。
 どうか、わたしに勇気を――。
「萌恵」
「きゃあっ! 祐くん!?」
 心臓がどくどくっと変な動き方をした。そのくらい唐突に、肩に手が置かれていた。
 祐くんはお出かけ用の、小綺麗で真面目そうな服を着ていた。普段はあまり見れない格好……わたしと一緒の時はしてくれない格好だ。それだけ二人の距離が近いってことだと思えば、気分も落ち込まないで済むけれど……。
「ビックリさせないでよ!」
「そんなに驚かなくても……普通に声をかけただけなんだけどなぁ」
「嘘! 足音聞こえなかったよ?」
「萌恵が没頭してただけでしょ。そんなに真剣に、一体何をお祈りしてたの?」
「お、教えないっ!」
「何をムキになってるんだか」
「違うって――」
「俺のこと、お祈りしてくれた?」
「す、するわけないでしょ!」
「なんだよそれ……久しく礼拝なんてしてないから、俺のぶんもしててくれたらなと思ったのに」
「な、なんだ」
 お祈りを聞かれたのかと思った。ビックリした。
「じゃあ今するから」
「彩のぶんもよろしく」
「もう」
 えーと神様、あともう少しです。
 祐くんはもちろん、彩ちゃんも向こうで楽しくやれますように。彩ちゃんは祐くんのとっても可愛い人形みたいな妹さんです。あぁ、あと安全な航海を。
 はぁ……折角のお祈りなのに、雰囲気が台無しだ。
「終わったよ」
 立ち上がって、辺りを見回した。相変わらず二人以外に誰もいない。
「そういえば彩ちゃんは?」
「アクセサリーショップから出てこなくて困ってるんだよね」
「彩ちゃん、もうすっかり年頃の女の子だもの。最近あっという間に大きくなったよね」
「そうなんだよなぁ」
 祐くんは遠くを見る目をした。感壊に浸るように。
 その瞬間、胸の中がチクッとした。そんなに妹が気になるの?
「愛する妹が変化していくのは、さぞ複雑な気持ちなんでしょうね」
「なんだその言い方は……まあ確かにそうだよ。寂しくもあるし、嬉しくもある……」
「なんか気持ち悪いよその口調。詩人?」
「わざとだよ。ああそうだ」
 わたしが軽蔑するような目を向けているにも関わらず、祐くんは無視して何か思い出したような顔をした。
「なあ、年頃の女の子って成長するにつれて、兄を嫌うもんじゃないか? そろそろそうなりそうだなぁと思うんだけど、萌恵はどう思う?」
「もう〇学生だし、そうなってもおかしくないよね。もしわたしにお兄さんがいたら、少しは距離を置いたかもね」
「やっぱりか……素直なのは今のうちか」
「素直な子が好きなの?」
「別に、そんなこだわりはないよ」
 こだわりないんだ……じゃあ、わたしはどうすればいいの? 祐くんはこれまで彼女を作ったことがない。やっぱり、女の子にあんまり興味ないのかな?
 気持ちが塞いで黙っていると、祐くんは腕時計をちらっと確認した。
「なんか長話しちゃったなぁ……萌恵、もう行こうぜ。彩もそろそろ終わってるはずだ。船を早く出してもらうんだ」
「本当に、島から出たくて仕方ないんだね」
「別に島がイヤなわけじゃないんだ。ただ新転地が楽しみなんだよ……一回も島から出たことない萌恵にはわからないかもしれないけど」
「子供の頃、出たことあるってば」
「そうだっけ。でも覚えてないんだろ」
「曖昧にしかね。わかったよ。期待しとく」
 祐くんについて、聖堂を後にする。外に出ると、広い敷地が広がっている。整然と花壇や樹木が置かれた、いわゆるフランス風景式の庭だ。
「おーい、萌恵」
 そこに、聞き慣れた低い声がかかった。
「蒼崎くんもいるじゃないか」
 声の主は、わたしのお父さんだった。礼拝の時はきちんと牧師らしい格好をするけれど、今は私服姿だ。つまり、今はきちんとしてないってことだ。
「ご無沙汰してます」
「お父さん、さっきお別れは済ませたでしょ?」
「いやぁ、娘が蒼崎くんと二人で歩いているのを見ると気になってしまってね」
 頭を掻きながら、お父さんは祐くんの反応を見る。頭はつるつるだから、痒くならないと思うんだけれど。どうなんだろう……確かめたくもないけどね。
「俺が連れ出さなかったら延々とお祈りしてましたよ」
 期待した反応は得られなかったらしく、お父さんははぁ、と小さく息を吐いた。
「そうかい……牧師のわたしからも、なんでも神頼みではいけないとは言っているのだが。まあ、とにかく。春木では、萌恵を頼みますぞ。祐くんさえよければ、萌恵ともっと仲良くなって――」
「ちょっと、お父さんったら! 余計なこと言わない! もうすぐ人がどっさりくるんだから、準備してきなさいよ!」
「いやぁすまない。萌恵、頑張るんだぞ」
「うるさいなぁ!」
 顔が熱くなって汗が出てくる。こんなところで気持ちがバレたら、どうすればいいの? わたしはドキドキして倒れそうなのに、祐くんはいつも通りに受け答えした。
「わかりました……萌恵さんのこと、できるだけ支えてあげようと思います」
「頼みましたぞ。君たちに祝福があらんことを」
 そう言ってお父さんは帰っていった。
 ホッとして、まとわりついた汗をふきながら悪態をつく。このはげオヤジ……帰省したらいじめてやるんだからっ!

》》》

 萌恵のことを頼まれてしまった。
 なんだか責任を感じる……そう、俺と彩は春木についても、お互いをよく知る家族が一人はいるが、萌恵はその点たった一人で春木に行くのだ。
 萌恵は同級生で、今年から大学一年生。俺と同じく、まだまだ未熟な、他愛のない若者に過ぎない。しかも女の子で、頼りないときてる。守ってやらねば――そう思った。
「ゆうー」
 すっかり考えに耽ってしまっていたのだが、すっきりとしたよく通る声が俺を現実に引き戻した。俺と萌恵は商店街に戻ってきていた。
「買い物終わった」
 小さな紙袋を持った彩がたったっと駆け寄ってきて、後から父さん母さんが歩いてきている。
「随分時間がかかってたけど、何買ったの?」
「それはひみつ。あっ、萌恵ちゃんおはよう」
「おはよう。可愛い洋服だね……その髪型も似合ってるよ」
「えへへ」
 彩はあの無邪気な笑顔を見せた。萌恵の話を思い出した。これが見れなくなるときが来るのだろうか……こっちは生まれた時から可愛がってやってるのに、不公平なものだ。
「萌恵ちゃんまつ毛長くなってる。かわいい」
「あれ、わかっちゃうかな」
 萌恵が苦笑いする。
 改めて萌恵をまじまじと見て、確かに長いなと思った。萌恵は知りあいの女の子の中でもかなり美人だから、化粧してもしなくても綺麗だ。
 優しげな笑顔と童顔気味の顔つきは、野郎どもにかなりの人気があるらしいが、俺は昔からの付き合いだから、なんというか慣れてしまっている。
「お化粧いいなぁ。わたしもはやくしたい」
「ダメよ、彩は化粧なんかしなくても充分」
 母さんはむすっとした彩から萌恵へ視線を移す。
「南條さん、うちのこどもたちをよろしくお願いします……特に彩のことは見守ってあげて下さい」
 母さんが黄金色の頭を下げた。萌恵は頼りなく胸の前で両手を振っている。
「と、とんでもないです! 見守るなんて……でも頑張ります!」
「ありがとう。安心するわ」
「あっ、もう船来てるよ」
 彩が前方をぱっと指差す。
 真っ青な海が見えてきていた。一隻の真っ白いフェリーが、その景色を切り取るように浮かんでいた。
 それを見た瞬間、体じゅうにじんわりと高揚感が広がった。いつも見ている船なのに、状況が違うとこんなにも感じかたは変わるのか――今日の俺は、早くあの船に乗りたくて仕方なかった。あれが、新しい場所へ俺を連れていってくれる。
「観光客がみんな降りたら、すぐ出発しようぜ」
「そんな急がなくてもいいじゃん」
「そうよね、彩ちゃん。巡島もしばらくお別れなんだからゆっくりしていこうよ」
「戻ろうと思えばいつでも戻れるだろ」
 体がムズムズしてきて、いてもたってもいられなかった。衝動が俺の背中を押した。
「なあ、もう行こうよ」
 俺は萌恵の手を掴んで、強引に引っ張った。戸惑った声が聞こえた。
「えっ?」
 船に向かって駆け出した。
「待ってよ!」
 彩の呼び声さえ、気にならなかった。
 新しい街に行けば、なんでもうまくいく気がした。
 都会には俺の知らないものが沢山あって、知らない沢山の人々がいて――そんな思いで頭は一杯で、あるはずの不安など頭の片隅に追いやられている。。
「祐くん……!」
 萌恵の焦ったような声は右耳から左耳へと通りすぎていった。
 本州からの、場を埋め尽くすたくさんの観光客。俺はその間をかき分けていった。好奇の目線など、気にすらならなかった。ただひたすらに、駆けていった。
 船の前につくと、甲板の上から船長のおじさんが手を振っていた。船を眺める俺を、こどもの頃から知っている人だ。
「蒼崎くんじゃないか」
「おじさーん、もう出発しましょう!」
 おじさんは俺の顔を見て気持ちを汲み取ったようだった。
「わかった! 急いで準備だ!」
 船に乗り込もうと歩き出すと、腕を後ろに引っ張られた。萌恵とつないでいたのを忘れていた。それほどに気持ちは前へ前へと進んでいた。
「ちょ、祐……いきなり何なのよ!」
 そしてすぐに人混みから彩が飛び出してきた。小さいからか素早くすり抜けられたようだった。
「はっ、はっ……待ってって言ったのに。ひどいよ」
「だって……早く行きたいんだ」
 二人が呆れた顔をすると同時に、船長が操縦室から顔を出した。
「もうすぐにでも出れるぞー」
「だってよ、二人とも! いこう!」
「えぇ!?」
 俺がステップを勢いに任せてかけ上がると、二人とも乗り遅れまいと慌ててついてきた。
 トランクを放り捨て階段をかけ上る。無我夢中で。その先の光に向かって。
 二階の甲板に出ると、下に黄金色と、灰色の髪の二人――両親の姿が見えた。二人とも、どうにかたどり着いてくれていた。
「おーい、母さん父さん」
 手を振ると、二人は振り返してくれた。気をとられていると後ろから声が飛んできた。
「祐、なんで待ってくれないの!」
「……もう足がパンパン」
 そう不満たらたらな二人が後ろからぶつかるように追い付いてきた。しっとり汗をかき、息を切らしながら。
「みんな揃ったね……もうお別れかしら」
 母さんが声を張り上げると、父さんも続いた。
「二人とも大きくなったから、春木でも頑張れるな!」
 船が震動し始める中、二人で大きく頷いた。
「彩には母さんから話があったと思うけど、祐には父さんから最後に一言!」
 パパは息を大きく吸って、それを吐き出すように言った。
「やりたいことをやれ! 道を外れない程度にな!」
「了解! 父さんこそ母さんと二人で頑張りなよ!」
 茶化してやると、二人は顔を見合わせた。
「……そうか、お互いさまだな。父さんも母さんに文句を言われないようにするよ!」
 ボーッと汽笛の音がして、船が動き出した。
「ふたりともさようなら!」
「ママ、ばいばい!」
「彩ちゃんの世話頑張ります!」
 汽笛に負けないよう、三人で声を張り上げた。
「みんな頑張れ!」
「お祭りの時には帰ってくるのよ!」
 二人からの声がなんとかこちらに届いた頃には、ぐんぐんと船は進みだしていた。島は離れていき、一面の青に船が通ったところに飛沫で軌跡が出来ている。
 海の涼しい風が、火照った体の温度を、少しずつ元に戻していく。
(つづく)
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