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アンステイブルラブガーデン(9)







 春のぼんやりとした空の下、三人で肩を並べて歩いた。
「祐くん、どこか面白い場所あった?」
 萌恵は俺の隣を歩きながら、期待した顔で言う。
「ちょっと待ってくれよ」
 俺はスマートフォンで街のマップを操作していた。
「ないなら、この間の教会行かない?」
「教会? あそこって遊ぶ場所じゃないだろ」
「そうだけど、一回見に来ないの?」
「今日じゃなくていいや」
「そっか」
 萌恵はちょっと不満そうだ。
「水無月さんはどこか行きたいところある?」
「わたしはどこでもいいです」
 そう言う水無月も、隣からきょろきょろ俺の手元を覗いている。
「じゃあここなんてどうかな。すぐそこにあるよ」
「どれどれ?」
 両側から覗き込まれて、それぞれ二人からほんのり香水っぽい匂いがした。すっきりした萌恵の匂いと、水無月の気品ある匂い。
 画面には、現在地に加えて、そのすぐ近くに「バッティングセンター」が表示されている。
「バッティングセンター? そういえば島になかったよね」
「そうそう。俺、野球やったことないんだよね。ちょっと気になってさ」
「いいじゃん! 試しに行ってみようよ」
 萌恵は乗り気なようだ。
「水無月さんはどう?」
 尋ねると、水無月はちょっと嬉しそうに微笑んだ。
「いいですね。久しぶりです」
「え? 水無月さんって普段からバッティングセンターとか行くの?」
「あ……違います。ええと、こどものころ以来ですから」
「なんだ」
 おとなしくて、あんな綺麗にピアノを弾く彼女がバットを振る様子はちょっと想像が出来ない。
「でも昔はやってたんだ?」
 訊くと、水無月は目を伏せた。
「意外ですか?」
「まあね……もしかして兄弟とかいるの? 俺の知ってる範囲では、スポーツ好きな女の子はそういう場合が多いんだけど」
 水無月は虚を衝かれたような顔をした。そのまましばらく俺を見ていたが、結局こう言った。
「……秘密です」
「え? なんで教えてくれないの」
 そういえば、この間も住所を秘密にされた。
「ご、ごめんなさい……」
 頭を下げられた。なんだか申し訳ない気持ちにさせられた。
「なら……いいけど」
 そうやって水無月と話し込んでいると、二人の間に萌恵が割って入ってきた。
「ねえ! 決まったなら早く行くよ!」


 近づくにつれて、ネットが張られた空間が見えてきた。
 楽しみになって、さっさと中に入った。まだ昼間なので、他に人はほとんどいない。
「よし」
 ヘルメットをかぶり、金属バットを肩に担ぐ。
 まずは俺が試しに打つことになった。
「頑張れ祐くん!」
 萌恵が応援してくれているし、水無月もその隣にいて、じっと俺を見ていた。恥ずかしいところは見せたくない。
 ボックスの中で、それっぽく構えてみた。テレビでよく見るように、バットを揺らしてみる。
 そのうちマシンがガタガタ動き出し、俺はボールが飛び出す瞬間に意識を集中する。
 バシュっと球が飛んできた。とりあえず好きなようにスイング。
「とう」
 カン、と軽い音がした。
(お、打てたのか?)
 だが、ボールは俺の後ろに飛んだ。
 きゃっ、と萌恵が悲鳴を上げる。みると、変に方向を変えられた球が、ネット越しにいる萌恵のすぐ近くに転がっている。
「びっくりした!!」
 萌恵は水無月の腕にしがみついていた。掴まれた方の水無月はそのせいでよろめいている。
(やっぱり萌恵は頼りないな)
 やれやれと思って見ていると、水無月がそっと言った。
「次のボール、来ちゃいますよ」
 見ると、またピッチングマシンが動き出している。
 次はあててやる……そう意気込んで、気合いをいれた。
「とう」
 今度も思い切り振ってみる。
 ガン、と音がした。
 だが手ごたえはない。
「ひゃあっ!」
 また萌恵のところにボールが飛んでいる。今度は腰を抜かして倒れていた。
「大丈夫か?」
「祐くん、もしかしてわざと?」
「俺は今日初めてバット触ったんだよ? 狙えるわけないでしょ」
 そこに珍しく水無月が口を開いた。
「祐くん……コツは、ボールから目を離さないで打つこと……らしいですよ」
「わかった。やってみる」
 また、マシンのアームが持ち上がっていく。
(次こそは……)
「とうっ!」
 冷静に、ボールを目で追ったまま、バットを振りぬく。
 カキーン、と気持ちのいい音が響いた。
 ボールはなかなかの勢いで空に吸い込まれていった。
「あ!! 祐くんすごーい!」
 萌恵は自分のことのように喜んでいた。
 コイン一枚分が終わるまでには、そのあともちょくちょくいい打球が飛んだ。
 指定の球数が終わって二人のもとに戻ると、やたら褒められた。
「すごい上手だったね! だからわたし言ったでしょ? 祐くん運動神経いいって」
「本当ですね」
 水無月も感心している様子だ。
「俺、なんでもそこそこは出来るんだよ。でもそれ以上伸びないんだよね」
「それは、祐くんがすぐ飽きて、練習しないうちに次のこと始めちゃうからでしょ。もっと続ければいいのに」
「つまんなくなっちゃうんだよね……それにしても俺のことよく知ってるなあ」
「だって中学からずっと一緒だもんね」
「確かに長い付き合いだ」
「二人とも、仲がいいんですね」
 水無月が微笑みながら呟いた。
「まあね……島から出てくる物好きなんて俺たちくらいだし」
「うん……そうだよね」
 萌恵はなんだか優しい表情で俺を見た。
 しばらく目が合ったままだった。萌恵の瞳の中に俺の顔が映っていた。
「ん、顔になんかついてるかな」
 言うと、
「……ううん、なんでもない」
 ちょっと淋しそうな顔をされた。郷愁にでも襲われたのだろうか。
「そうだ。わたしも打ってきていい?」
「本気? あんなにビビッてたのに」
「平気だよ! もう慣れたんだから!」
 ぷりぷり怒って、バッターボックスに入っていく。
 バットが重たそうだし、構えも棒立ちだ。
 心配ではあるが、面白いからほうっておいた。
「頑張れよ」
「うん!」
 嬉しそうに声を張り上げている。
 対して俺の隣の水無月はちょっと不安そうに萌恵を見ていた。
 アームが持ち上がって……。
「えいっ!」
 萌恵が大きくバランスを崩しながらバットを振った。勿論空振りだった。おまけに、変に勢いがついて一回転して、ヘルメットがころんと落ちた。
「あれ? 当たらないよ」
 萌恵は素直に困った顔で俺を見た。
「打つ瞬間までボールから目をそらさないようにするんだよ」
「してるよ! 次は当てるんだから!」
 そう言って、マシンに向き直る。
「水無月さん、他にもなにかアドバイスある?」
 言うと、困った顔をした。
「わたしには、あれくらいしかわからないです……」
「萌恵は見こみなしってこと? 厳しいねえ」
「そ、そんなことないですよ! ほんとに知らなくて……!」
 からかってやると、水無月は驚いたようで一生懸命言ってきた。歯がゆそうな、困った表情だ。
 一応言っておいた。
「冗談に決まってるじゃん?」
「あ……すみません」
 水無月は耳を赤くしていて、可愛いと思った。
「じゃあ、野球詳しいわけじゃないんだ?」
「はい……あれは、受け売りですから」


 そうやって二人で話している間に萌恵のバッティングは終わっていたが、どうせ全部空振りだということはわかりきっていた。
「全然当たんないよ?」
 当惑した様子で萌恵が戻ってきた。
「ボール見ろって」
「だって速すぎて見えないんだもん!」
「球速はたいしたことないんだけどね」
「そんなぁ……なんかすごいくやしい! 次はあててやるんだから!」
 萌恵は手に持ったバットを振り回しながらぷりぷり怒っている。
「まあ初めてだから仕方ないんじゃ? それとさ、水無月さんも打ってみないの? きっと上手なんでしょ?」
 水無月はまた困った顔をした。
「わたし……ほんとに経験がないので」
「いいじゃん、初バッティングしてみなよ」
「やってみたら、わたしの気持ちもわかるよ!」
「でも、遠慮しておきます。わたしは見てるのが一番楽しいんです……こどものころからずっと。それに、指を痛めるといけないので」
「ああ……そうか。ごめん」
 もし慣れないバットを振ってピアノが弾けなくなったら申し訳ない。配慮できなかった自分を悔んだ。
「それにしてもくやしい! わたしあんなに振ったのに一回も当たんなかったんだよ?」
 萌恵がまたうじうじ言い出した。
「このバット持って帰っていい?」
 打席からもってきたバットをしげしげと眺めている。
「は? ダメでしょ。この店のものだし」
「家で練習するの!」
「やめとけよ向いてないから」
「そういうのがくやしいの! ねえ祐くん、また明日ここ来ようよ!」
「え? 俺はもう満足なんだけどな……」
「もう飽きちゃったの? いくら祐くんでも早すぎだよ!」
 そもそもはまってないんだけどなあ、とは言わないでおいた。
「わかったよ。また今度な」
「うん。それまで練習するためにバットもらってくるね」
 萌恵は受付の人に訴えに行った。水無月はその後ろ姿を不思議そうに見ていた。
「萌恵のこと、変なやつだなって思ってるでしょ」
「そ、そんなことないですってば!」
 嫌な人だとは思われたくないようで、必死に主張してくる。
「萌恵は、しつこいんだよね。あきらめが悪いのかな? あんまり得をしないことでも文句言わずにずっとやってる感じ」
「それって……大変かもしれませんが、すごくいい人だと思います」
 水無月は心から感心したような顔をしている。
「あとさ、あいつ聖書の暗誦とかできるんだぜ」
「すごい……クリスチャンなんですか」
「ああ。すげー真面目に信仰してるよ」
 そこに元気のいい声が聞こえた。
「祐くん! バットかしてくれるって! やさしいおじちゃんでよかった!」
 バットケースを持った萌恵が戻ってきて、俺に詰め寄った。
「明日二人でまた来ようね!」
 萌恵がそう言った途端、ピロピロっと電子音が鳴り響いた。
 萌恵のスマートフォンの音だ。
「誰だろ……まだ全然大学で友達いないのに」
 萌恵は慌てふためいた様子で端末を操作した。
「あ、店長」
 萌恵は慌ててスマホを耳に押し付けた。
「はい、南條です。ええと、ごめんなさい! でも……そのはずせない用事が……え! クビ!?」
 萌恵は泣きそうな顔をした。
「でも……お願いします! 明日はちゃんと行きますから……え! そんな?」
「大変そうですね……バイトって」
 水無月は気の毒そうに萌恵を見て呟いた。
「あんなの見てると働きたくなくなるよね」
 二人でこそこそ喋っていると、萌恵が戻ってきた。顔から血の気が引いている。
「祐くん……もうやだ」
「けっきょくどうなった?」
「これから二週間遊べなくなっちゃった……毎日仕事しろって」
「なんだそれ。やめちゃえよ」
「祐くん! そういう考え方はダメだよ!」
 萌恵に軽く睨まれた。
「だっておかしいだろそんなの」
「だけど……あのバイトやりたいのに。もうやだあ……」
 萌恵はこの日、ずっと暗い顔をしていた。
(つづく)
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