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アンステイブルラブガーデン(8)







 すぐ隣の部屋に祐くんがいる。そう思うと、朝から張り切ってしまう。
 気持ちよく目覚めたわたしは、一人で黙々と支度を済ませた。
 鏡の前で髪を整え、笑顔を作ってみる。
「よしっ」
 軋む玄関扉を開けると、眩い朝日。今日も祐くんとたくさんお喋りするぞ、とやる気が湧いてくる。
 そういえば昨日は結局家に帰るまで会えなかった。けれど、その分嬉しいことがあったから気分は悪くない。言いそびれたから、報告しなきゃ。
 インターホン越しに元気よく話しかけた。
「祐くん、おはよう!」
 期待したのと違って、開いたドアから顔を出したのは彩ちゃんだった。昨日見た時も思ったけど、制服姿がとっても可愛い。
「祐はまだ着替え中」
 そうぼそっと呟いて、わたしの横を通り過ぎて、地上十三階からの風景を眺め始める。
 よくわからないけれど、どうやら機嫌が悪いみたい。
 どうしようか考えていると、眼下に目を向けたまま、けだるそうに話しかけてきた。
「ねえ萌恵ちゃん。一つきいていい?」
「うん?」
「男のひとと付き合ったことある?」
 どういう意図で言ってるんだろう?
「わたしはないよ」
「なんだ」
 そっけなくそう言って、また下の風景を眺め始めた。
(どうしたんだろう……?)
 空気が固まっていたところに、祐くんが現れた。
「お待たせ……行こうか」
「うん」
 そうつまらなそうに言って、彩ちゃんはエレベーターに向かって歩き出す。
「ねえ……彩ちゃん、機嫌悪くない?」
 祐くんに訊くと、
「うーん……そうなんだけど、理由がわかんないんだよね」
 深刻そうな顔で首をかしげられた。
「昨日イヤなことがあったみたいなんだけど、教えてくれなくてさ」
「まあ、そっとしておいてあげたら」
「それしかないんだよなぁ」
 二人でこそこそ話していると、彩ちゃんが横目でこっちをみて不機嫌そうに声を張り上げた。
「エレベーター来たよ!」
 わたしはひやひやしながら彩ちゃんのもとへ小走りした。


 学校への道すがらも、彩ちゃんはわたしたちの後ろで孤立して歩いていた。
 時折振り返って見てみると、ぼんやりと虚空に視線を漂わせている。
(ニコニコしてたほうが可愛いのに……)
「今度こそ反抗期が始まったのかな?」
 祐くんは悲しげに囁いてきた。彩ちゃんのことが余程気になるらしい……わたしのことももっと気にしてくれてもいいのに。昨日の置いてきぼりを思い出して心が痛くなる。
 でも、そんなことで元気をなくしてどうする! 明るくないと可愛くない! と気分を切り替えて言葉を返す。
「どうなのかな……なんか違う気もするけど」
「じゃあなんなんだよ……俺はなにもしてないのに」
「んーわかんないよ」
「昨日は三人で晩飯食った後、いつも通りだったんだ。彩に一番風呂譲って、二人でテレビ見て、そしたらソファで眠りかけてたから歯磨きさせて部屋に連れてった。まあずっと何か考えている感じで、黙り込んでたんだけどね」
「うん」
「寝起きはいつも不機嫌そうにしてるんだけど、朝飯食ったあともその調子だからおかしいと思い出して。実は春木に来てから時々髪の毛結ってあげてるんだけど、今日は痛いとかずれてるとか文句ばっかりでさ。出るのが遅れた」
「彩ちゃんが髪触らせてくれてる時点で、祐くんに腹立ててるわけじゃないでしょ」
「ああ……そういえばそうだな。気付かなかった」
「やっぱり昨日学校で何かあったんだよ。放っておけばいつもの彩ちゃんに戻るよ」
「一時的だといいんだけどなあ」
 祐くんはずっとぼやいていた。
 そのまま中学校の前まで来てしまい、彩ちゃんは何も言わずに離れていった。
 彩ちゃんがいなくなっていつもの雰囲気が戻ったので、言いたいことを思い出した。
「あっそうだ! 言い忘れてたんだけど、わたしね、バイト先見つかったの!」
「おお、良かったじゃん」
「大学の近くの喫茶店で、ウエイトレス。制服が可愛くて、気に入っちゃった」
「今度行くからまけてよ」
「それは……できるかな? でもわたし店長に気に入られてるみたいだしいけるかも」
 いつものような楽しさが戻ってきて、話が盛り上がって来た頃大学の門が見えてきた。
「祐くんは何かサークル入るの?」
「そう、それ考えてるんだよなー。俺趣味とかないし、どこ入ったらいいかわかんないんだよね」
「スポーツいろいろできるじゃん。得意でしょ?」
「どの種目も全部中途半端なんだよなぁ」
「そんなことないよ。上手だって」
 励ましたくて、笑いかけた。十分素敵だよって言いたかった。
「思ったんだけどさ、趣味ってさ、他人をあっと言わせられるくらい上手じゃないと、あんまり意味ないんだよね」
「そうかな。自分が楽しければいいじゃん」
「前までは俺もそう思ってたよ。でも俺、昨日凄い人にあってさ」
「へえ、だれだれ」
「実は校門で待ち合わせしてるんだけどね」
 そう言って、祐くんはきょろきょろしだす。
 そして、声を上げる。
「いた! よかった無視されなくて」
 校門の脇に立っているのは、綺麗な女の子だった。
「おはよう。ちゃんと待ち合わせ、守ってくれたんだ」
「……はい」
 お上品な丈の長いワンピースを着こなし、絹みたいに滑らかな漆黒の髪を丁寧にハーフアップに結い上げている。印象はお嬢様といった感じだ。
 髪が長く目元をちょっと隠していて、若干暗く見えるけれど、他は文句の付けようのない美人だった。
 祐くんはハキハキとその子と喋りだした。
(どうして……そんなに嬉しそうなの?)
 ちょっと困惑した。
「祐くん……この方は?」
「昨日知り合ったんだ。水無月桐華さん。ピアノがすごく上手で。こっちは幼馴染の南條萌恵」
 その女の子は、祐の声に合わせて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
 見ている方が困ってしまうくらい、穏やかな礼だった。優雅な人だと思った。
「こ、こちらこそ」
 そう言って流れで頭を下げながら、気分が沈んだ。いきなり親しそうに祐くんと話しているのがむしゃくしゃした。どこの誰だかわからないけれど、はた迷惑だと思ってしまう自分を、懺悔したくなった。

≫≫≫

 教室に入るのが嫌だった。昨日帰った理由を聞かれるかもしれないし、何より真子と顔を合わせなくてはならない。
 昨日のあれを見た後、心が落ち着かなくて、ずっとあのことばかり考えていた。
 それでもやっぱり、意味わかんなかった。
「……」
 ぶすっとした顔のまま、自分の机に直行して、鞄叩き付けて、突っ伏した。
 それでも話しかけてくれる人がいて、驚いた。
「彩ちゃん、おはよう」
 あかりちゃんの声だ。短く返した。
「おはよ。なに」
「え? なんでもないよ」
 穏やかに言われて、なにそれ、と思って顔を上げるとあかりちゃんの細い目が正面にあった。
「綺麗な目……宝石みたい」
 そう呟かれて、ほっと力が抜けた。またわたしを観察していたみたい。あかりちゃんはほんわかしていて、いい子だ。心を許せると思った。
「ありがと」
「うん」
 そこにガラリと音がして、振り返った。
 一瞬目が合ったけど、真子は顔を強張らせて目を離した。そして女の子の集団のなかに入っていった。
「彩ちゃん、お喋りしに行かないの」
「今日はだるいの」
 わたしはそう言って頬杖をついた。
 毎日真子と会うたびにピリピリしながら過ごさなきゃならないなんて、最悪。

≫≫≫

 ようやく楽しみにしていた大学生活が始まった。
 一年生はどの学部もまずは教養として英語など同じ教科を学ぶが、選択科目ももちろんある。萌恵は俺と全く同じ教科を選んだ。自分の意志がないなあと思ったが、新しい環境で知り合いがいるのも心強いから俺にとっては悪くない気もした。もしかしたら萌恵も一人でいるのは不安なのかもしれない。
 水無月は学部が違うので受けられる講義の選択肢も違い、時々講義が重なるくらいだった。残念だがそれでも会いにいこうと思えばすぐ会えるので気は楽だった。


 初日の講義はあっという間に終わり、早速ヒマになった。
 水無月に会いに行こうと思った。どこかに連れ出して、仲良くなりたい。
 だが、今隣には萌恵が座っている。置いていくのもなんだか可哀想だ。
 どうしようか悩んだ。
「なあ萌恵、この後ヒマ?」
 とりあえず訊くと、悔しそうに唸った。
「わたし……今日はさっそくバイトなの」
「ああ、なんだ。じゃあ頑張れよ」
「うん……お金たまったら、どこか一緒に遊びに行こうね」
「まじか! それってなんか申し訳ないなあ」
「全然平気だって。祐くんはこの後どうするの」
「水無月さんのところに行こうかと……」
「えっ! あの人のところにいくの?」
 頷くと、萌恵はがたっと立ち上がった。
「なんで?」
 顔をやたら近づけられた。
「ど、どうしたの……二人で遊びに行こうと思ったんだけど」
 言うと、萌恵は俺の腕をつかんだ。
「やっぱり一緒に行く!」
「……バイトは?」
「一日くらいサボっても大丈夫だよ!」
「でも初日からそれはまずいんじゃ……」
「絶対大丈夫!」
 萌恵にはやたら気迫があった。
「じゃ、じゃあ一緒に行こう」
「うん!」


 萌恵と二人で水無月さんがいるはずの教室へ向かう。
 廊下を歩きながら、萌恵が話を切り出した。
「ねえ、祐くん。その水無月って人、何なの?」
「何っていわれても」
 昨日彩にもこんなことを言われた気がする。二人とも、俺がいきなり知り合いを作ったことが気にいらないらしい。
「ひょんなことでお互い同じ大学だってわかったから、なんとなく仲良くなったんだよ」
「ひょんなことって何なの?」
「それは……」
 さすがにどう言おうか迷った。萌恵はやたら関心があるようで、俺をじっと見ている。
「どうでもよくない?」
「ちゃんと教えてよ!」
「逆になんで教えなくちゃならないんだよ」
「だって……」
「だって?」
「う、うるさい!」
 萌恵は何故か赤くなっている。
 なんだかんだ言いあいながら、たどり着いたのは文学部のホールだ。
「どこにいるかな……」
 探すと、すぐに見つかった。一番後ろの席にいた。
「水無月さん!」
 声をかけると、彼女はちょっとびっくりしたように俺を見た。
「祐くん……どうしたんですか」
「このあと遊びに行かない?」
「遊び……ですか?」
 水無月はきょとんとしている。
「遊ぶって、具体的に何をするんですか」
「そんなの行き当たりばったりでいいんだよ。水無月さんも、まだこの街に詳しくないでしょ? 気の赴くままにフラフラするのって楽しくない?」
「……」
 水無月は考え込んでいるのか、黙ってしまった。
 すると、隣にいた萌恵も、水無月に笑いかけた。
「水無月さん、もしかして忙しい? それならわたしたち二人で行くけど」
「そんなことないですよ。とってもヒマです」
 淡々と答えた。外見的にはお嬢様っぽくて多忙そうだったから、意外だった。
「じゃあ三人で適当に行こうぜ」
「わかりました」
 水無月は小さくうなづいた。
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