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グラビアアイドルが義姉になった! 「1話」




 それは突然の訪問だった。

「ごめんくださーい」

 俺はその日、いつも通り高校から帰宅して、だらだらと過ごそうとしていたところだった。
 本屋でとあるグラビアアイドルが出演するDVDが付録の雑誌を購入して、封を開けようとしていた時に、呼び鈴が突然鳴ったのだ。
 インターホンから届いた声は女性のものだった。新聞の集金か、親が頼んだ通販物品か、と思いながら、仕方なくその雑誌をテーブルに置いたまま、財布とハンコを持って玄関のドアを開けた。
 暗い室内から明るい屋外に急に出たせいで、明るさで目がくらっとした。
 そこにいる人物の顔がよく見えない。

「こんにちは。ええっと、君が……上坂《こうさか》直人《なおと》君?」

 そこには、二人の女の子が並んで立っていた。
 一人は、なんとなく大人っぽい私服を来た女性だった。ストレートの髪が、胸のあたりまで流れている。
 一人は、ほっそりと背の小さい、俺より年下に見えた。髪をおさげにしているせいか、どこか子供っぽい。その子は大人っぽい女性の後ろに隠れるようにしていて、なんとなく姉妹のように見えた。
 それより。

「直人君……って」

 やっと気づいた。二人の容姿よりずっと大事なことがあった。
 どうして、この人は俺の名前を知っているんだろう?
 ようやく視界がクリアになって、そこにいる女の子たちの顔が目に映った。
 驚きを通り越して、身体に震えが走った。

「嘘、だろ……!」

 そこには、さっき手に取っていた雑誌の表紙を飾っていた人物、そして俺が毎晩お世話になっている動画で水着姿になっている女性が、にっこりと笑顔で立っていた。

「もしかして……湊《みなと》優美《ゆみ》、さん!?」
「え……? 聞いていない、の?」

 優美さんと思しき人物は表情を曇らせ、首をかしげた。さらさらとした髪が揺れ、艶々と輝く。公式にIカップと紹介されている胸は、服越しにもたっぷりとした質感で、本物を見ると動画の中よりずっと素晴らしいものだった。
 あまりにも綺麗で、高校の同級生の女子とは別格で、今の困ったような表情ですら、見惚れてしまう。
 なんで彼女がここにいるのか、と疑問が浮かぶまで時間がかかる程だった。

「わたしたち、今日から直人君の義姉妹になるんだけど……あれ?」

 義姉妹……? その言葉を聞いて、ようやく頭の中で物事が繋がった。
 そういえば、数日前に、夕飯の最中に聞かされた話があった。どうでもよかったので忘れていた。

「驚くなよ、直人。母さんと離婚して早十年……父さん、やっと再婚するんだ!」
「……え、そうなんだ……マジで?」
「相手の人には娘さんが二人いるんだけど、一人っ子のお前に初めて姉妹が出来ることになるわけだ」
「姉妹……ふーん」

 大して興味は湧かなかった。
 確かその日も俺は新しく発売されたグラビアDVD「優美とビーチに行こう!」を早く見たくて、父親との会話など上の空だったのだ。
 素晴らしいDVDだった。水をぱしゃぱしゃかけ合ったり、泳ぐ練習をしたり……水着を着た優美さんと一緒に海に行った気分になれた。優美さんの数々の作品の中で、屈指と言ってもいい出来だった。
 そんなことを思い出している場合じゃない。今、目の前に、そのグラビアアイドルの湊優美さんが生で現れているのだ。
 信じられなかった。まさかその姉妹のお姉さんが、大ファンである優美さんだなんてどうやって想像できるだろうか。

「優美さんが、俺の姉に……?」
「そうだよ? 今日から、わたしは湊優美じゃなくて、上坂優美になるってことです。突然押しかけちゃってごめんなさい」

 軽くぺこりとお辞儀をした後で、優美さんは後ろに隠れた女の子をそっと前に出した。
 その子はなんとなく嫌がりながらも、俺を見上げ、すぐに赤くなってそっぽを向いた。

「この子は、湊……じゃなくて、上坂|陽菜《ひな》。わたしの妹です。これから、よろしくね、直人君? ほら、陽菜も」

 その優美さんを少し幼くしたような顔つきの女の子――優美さんの妹は、なぜかガチガチに緊張して赤面したまま、勢いよく頭を下げた。

「よ、よろしくお願い、しますっ!」
「そんなに怖がらなくてもいいよ、ええと、陽菜ちゃん」

 励ましの声をかけてあげたのに、陽菜ちゃんはすっと優美さんの背後に隠れた。

「ごめんね……陽菜はちょっと男性が苦手みたいで。直人君は何も悪くないの」
「俺は平気です……あ、そうだ。どうぞ、上がってください……ゆ、優美さん」
「ありがとう、失礼します」

 礼儀正しくそう言って、優美さんは俺の家に入って来た。玄関でお洒落な靴を脱いで、黒いストッキングにくるまれた足先を俺が勧めたスリッパに通す。

「ごめんなさい、来るの知らなかったので掃除とかしてないですけど」
「ううん、素敵なお家……今日からここで生活するのかぁ」

 画面の中にいた美人さんが自分の生活領域にはいってくるのは、奇妙な感じだった。
 全然頭の整理が出来ていなかった。
 突然大好きなグラビアアイドルが義姉に? そんな都合がいい話があるか! 仕事のビックリ企画か何かなのかと勘ぐったが、妹を連れているのでそれはない。
 どうやら、本当に俺と優美さんは家族になってしまったようだった。ようやく実感が湧いてきた。

「お姉ちゃん……」
「大丈夫よ、陽菜。こわくない、こわくない」

 陽菜ちゃんの両肩に手を置いて、前を歩かせる優美さん。
 優美さんを天使みたいな現実とは縁のない存在だと思っていたので、まさか妹がいるとは思わなかったのだ。
 姉妹揃って美人だった。二人とも顔つきが似通っていて、陽菜ちゃんは美少女中学生と言った感じだった。ちょっと気弱な感じなのも可愛い。これから成長すれば優美さんのような色気のある美人になるだろう。

 ただ姉妹の間で、一つ決定的に違うのは、胸だ。
 優美さんが豊かなIカップなのに比べて、陽菜ちゃんはほとんど胸が無いように見えた。まだ女子高生だから、これから成長するのかもしれないが、姉妹でこれほど差が出てしまうのかと思った。

 二人の魅力にやられるばかりで、喋ることは一切頭に浮かんでこなかった。
 いきなりの登場でわけがわからない上に、緊張してしまっている。
 もし嫌われてしまったらどうしよう。せっかくお近づきになれたのに。そんな思いでいっぱいになっていた。

「ここがリビング?」
「……あ、そうです」

 優しい笑顔で話しかけてくれる優美さんに、気の利いた話もできず、俺はただ単に居間へと案内した。
 すると同時に、いきなり優美さんが悪戯っぽく笑った。からかうような感じではなく、ただふと気づいた感じで。

「あぁー……やっぱり。なんの匂いかなーって思ってたんだけど。このお家、男の人の匂いがするね?」
「お……男の匂い!?」

 別に俺は居間ではなく自室でオナニーしている、別にイカクサくないはず……!
 慌てふためいたところに、優美さんは続けた。

「うん。男子の匂いがするの。前の家と全然違うよね、陽菜? わたしたち、母と女三人で暮らしてたから、すっごい感じちゃう」
「これ、男の人の匂いなの?」
「そう。大丈夫よ、すぐ慣れるから」

 そう言って、優美さんは二人分のトランクを部屋の隅に持っていった。本当に、俺がオナニーしてるとか、そういうことを疑ったわけではなさそうだ。
 陽菜ちゃんはなんとなく戸惑ったような顔で俺を見て、すぐ目を反らした。耳が赤くなっている。

「陽菜ちゃん、ええと、大丈夫? 知ってるかもしれないけど、俺、上坂直人。高校二年生なんだけど……陽菜ちゃんは何年生?」
「……一年生、です」
「え!? 中学一年生なの!?」
「高校……一年生」
「なんだ。びっくりした」

 胸を撫で下ろすと、陽菜ちゃんはちょっと俺を見上げて、くすっと笑った。
 まだまだ少女と言った感じのはにかみ方で、なんだかやたら可愛い。仲良くなりたくなった。
 しかし高校生にしてはやっぱり体型が幼い感じだ。発育が遅いのかもしれない。
 どうしてそんなに男が嫌いなんだ、と思っていると、二人のトランクを部屋の隅に寄せていた優美さんが戻ってきて、

「陽菜は女子中通いで、しかも家でも男子に会わないから、こうなっちゃったみたい。女の子と一緒なら、普通にしていられるのにね?」
「お姉ちゃん……そんなこと言わなくてもいいのに」

 ちょっと拗ねた顔も、また可愛い。
 優美さんは色気担当、陽菜ちゃんは可愛さ担当、と言った感じ。
 これからこんな素晴らしい姉妹に囲まれて生活するのか、と実感すると、急にやる気が漲って来た。生きててよかったと思った。
 そのときだった。

「これ、お姉ちゃんの……」

 陽菜ちゃんが、テーブルの上に出しっ放しだった雑誌の付録DVD「湊優美特集」を手に取っていた。ジャケットにはプールでビキニ姿の優美さんが色っぽく微笑んでいる。
 しまった! その途端、終わったと思った。
 優美さんは、自分の出演しているビデオを買っている男をどう思うだろう?
 よく思うはずがない。印象は最悪なはずだ。
 まさか偶然、限定販売の雑誌付録をちょうど所有していたなんて言えない。優美さんのコアなファンであることがバレてしまったに違いなかった。
 俺が優美さんのDVDを買い漁り、毎日のように鑑賞し、お世話になっていることが、優美さんには容易に想像できたはずだ。
 なんてミスを犯してしまったのだろう。リビングに入れる前に雑誌を片付ければよかった。

「わたしのDVD、見てくれてるの? ありがとう! 嬉しい……!」

 優美さんはさも嬉しそうに振る舞ってくれていたが、きっと内心では気持ち悪いと思っているだろう。そうに違いない。
 俺は共同生活初日から、恥ずかしくて、優美さんに積極的に話しかけることができなくなってしまった……。

 (つづく)



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