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<妹姫6話>黒龍の襲撃と学園のもう一つの姿




「城の魔力源を全てこっちによこせ!」

 赤髪を後ろで一つに束ね、後ろに流した女が叫んだ。
 その女の声は低く、胸は平たい。眼光は敵を射抜くように鋭いが、整った顔形をしていた。
 野性的な美貌と男性的な厳しさを兼ね備えた女で、レイジが現れるまでは、密かに姫たちの人気を集めていた。

「マカデミア教官、あの、今魔力大砲と魔力供給管を調整していますが、少々時間がかかるかと……」
「はやくしろ! もう敵はすぐそこまで来ている。手遅れになるぞ!」
「は、はい!」

 怒鳴りつけられた生徒は、慌てて城の中へと駆けこんでいく。
 マカデミアの手元には、彼女の身長ほどの巨大な大砲があった。城壁に古来から備え付けられたものだ。黒い石造りで、外見だけでその威力がうかがい知れる。
 少しずつ充填されつつあるその大砲を指でこつこつと叩きながら、彼女は城壁の上部分、砦に集まった生徒たち一隊に怒鳴る。

「くっ……このままでは間に合わん! 他の戦力……レイジ閣下の帰りはまだか!」
「すみません、まだダンジョンの探索中とのことです……!」
「ったく、どこで油を打ってんだ閣下殿はっ!」

(皇族の長男として訓練を受けてきた彼以外、誰が龍に敵うというのか)
 歯ぎしりしていると、悲鳴のような声が聞こえた。

「先生! もうすぐそこに、ドラゴンが!」

 見張り塔からだった。覚悟を決める余裕もなく――
 翼を広げ、それは高い城壁の上を悠々と飛んできた。
 全身、漆黒の鱗に包まれた黒龍だった。手足は小さいが、広げた翼は体長の2倍近くある。その影はマカデミアや生徒たち全員を飲み込んだ。
 黒龍は空中から、ゆっくりと彼女たちにその目を向けていた。マカデミアは思わず一歩退いてしまう。
(勝てるのか……あのような太古の魔物に)
 圧倒されていると、そこに一人の生徒が叫ぶ。

「先生、大砲の準備が完了しました!」
「よ、よし! 照準を合わせろ!」
「はい!」

 歯車の回る音が鳴り響き、砲口が黒龍に向けられる。その間も、黒龍は宙に留まっている。マカデミアには、黒龍が余裕の佇まいで彼女たちを観察しているように見えた。
 とにかく攻撃のチャンスを逃すわけにはいかない。彼女は気合を入れて叫ぶ。

「|撃て《てぃ》っ!」

 腹の底に響く地響きのような衝撃とともに、紫色の炎の球が砲塔から吐き出される。
 それは轟音を立てながら風を切り、まっすぐ黒龍へと向かう。黒龍は逃げる暇もなく、数多くの炎の球に襲われた。
 咆哮が空に響く。灰色の煙が黒龍を覆い隠した。

「やったか!」

 思わずマカデミアは歓声をあげるが、煙が消えた時、彼女は呆然とすることになる。
 黒龍は怯むこともなく、悠然と砦に降り立っていた。衝撃で石造りの砦が振動する。

「まずい! みんな逃げろ!」
 
 一目散に砦を下りていく生徒たちの中、マカデミアも撤退しようとするが――

「きゃっ」

 一人の生徒がつまづいて転んでしまう。足をひねったらしく、その場から立ち上がれない。迫る黒龍を見て、尖ったエルフ耳が緊張でぴんと立っている。

「チコ! しっかりしろ! 回復して逃げろ!」
「ご、ごめんなさい! せ、先生は逃げてください!」

 泣きそうになりながらチコは叫ぶが、マカデミアはその場に踏みとどまっていた。
 彼女愛用の大剣を、まっすぐに構える。身の丈ほどもある、分厚い剣だった。
(勝てるとは思えないが……わたしが時間稼ぎをしなければ、生徒が)
 彼女は悠然と一歩一歩近づく龍に向かって駆け、大剣をふるう。力強い剣撃だったが……
(!?)
 岩でも叩き切れる一撃が、呆気なく弾かれる。
(この甲殻、硬い……! 物理が通らない!)
 しかも弾かれた隙に、龍は体重を乗せて腕を彼女に振り下ろしてくる。咄嗟に大剣でガードするも、彼女はふっとばされて大砲に背を激突させた。彼女のHPがほとんど削られる。

「くっ……なんだこの威力は! かはっ!」
「先生! そんな、ボクのせいで……!」

 チコは何もできず、ゆっくりと迫る龍を見上げるしかない。
 突然、雷属性の電撃が走る。それは黒龍の顔面に直撃し、黒龍は煩わしそうに発射元に顔を向ける。
(魔法攻撃は通る……わたしの出番はないってわけか)

「にしてもあの雷属性の魔法……サーニャか!」

 城壁の淵から下を見ると、そこに魔女姿の生徒たちが集まっていた。
 その中心で分厚い本を片手に持っているのは予想通りサーニャ。隣では彼女にヘーゼルが何か指南している。
 黒龍もサーニャたちに気付き、標的を彼女に変える。たまらずマカデミアは叫ぶ。

「逃げろ! 攻撃力が半端じゃない!」

 わらわらと駆けだす魔女たちに向かって、黒龍は滑降していく。マカデミアは次の手を打つべく、砦で足を引きづり準備をし始める。
(あの古代の装置を起動するときがくるとはな……)

***

 ダンジョンから戻り城の庭園に入った途端、驚いた。
 さっきの飛影は、ドラゴンだった。分厚い革で出来た感じの翼といい、鞭のような長い尻尾といい、俺の好きなゲーム「ハンマー&ソード」の中の黒龍そっくりだ。

「すっげえ! あれって絶対ミラボ――」
「レイジ様、喋ってないで逃げないと!」

 ノエルは俺の言葉をさえぎり、恐怖に引き攣った顔で俺の腕を引っ張る。だが、そこに声が飛んだ。

「ノエル! 敵に背を向けるつもりか! お前はそれでも姫騎士か!」

 聞き覚えのある凛々しい声が響く。それを聞きノエルははっと立ち止まった。
 黒龍の足元に、クリスティーユが堂々と立ちはだかっている。
(さすがは俺の見込んだ女騎士……!)
 その背後では、さっき会ったサーニャと教師のヘーゼルが身を寄せ合って分厚い本に目を通し、何かぶつぶつ唱えている。
(魔法の詠唱か……あの位置じゃ危ないんじゃ?)
 周囲で槍を構える他の姫騎士たちは恐れをなして、近づけない。一部の勇気のある姫たちは攻撃するが、呆気なく渾身の突きを弾き返されている。
(物理攻撃は通らないのか……?)

「お前もこっちに来て、騎士団の務めを果たせ! 己を犠牲にしても姫への忠誠を尽くすのが、姫騎士というものだろう!」
「で、でも――」

 ノエルが何か言おうとした瞬間、黒龍は耳をつんざく大音響で咆哮した。一瞬、耳が聞こえなくなるほどの音量で、その場にいる全員が耳を塞ぐ。
(やばい……あんな魔物、勝てる気がしない!)
 俺も危機感を感じ始めていたが、騎士団長はさすが格が違った。

「この臆病者が! わたしが手本を見せてやる!」

 クリスティーユが槍を引き構えると、その刃が光を帯び始める。

「|燦槍撃《グロリアス・スピア》!」

 眩しくて直視できないほどまで光輝いた槍が突かれると同時に、巨大な衝撃波が放たれる。
(お、いけるんじゃ……!)
 俺は黒龍にダメージをかなり与えられたんじゃないかと思ったが――

「なっ! 全然効いてないだと!? なぜだ!」

(やっぱり物理は通らない……)
 黒龍は動じずに首を回して周囲の姫騎士たちを見ている。
(何か、探してるのか……?)
 簡単に蹴散らせるはずなのにそうしないのは、何か理由があるように思える。
 首を回すのをやめた龍は、歯を食いしばるクリスティーユに向け溜めのモーションを取り、牙の隙間から紫色の火炎を放射した。クリスティーユは盾を構える。

「クリスティーユ先輩、逃げて!」

 ノエルが必死になって叫ぶが、逃げるには手遅れだ。しかし、炎がクリスティーユに届く直前、遮るように半透明の結界が形作られる。
(魔法か……?)
 よく見るとサーニャが片腕をあげている。彼女が魔力障壁を作り出しているらしかった。
(いや待てよ……サーニャのやつ、まだ何かやるつもりだ)
 彼女はまだ詠唱をやめていない。

「レイジ様、空が……」

 ノエルに言われて見上げると、いつの間にか灰色の雲が渦を巻いて立ち込めている。

「まさか……同時に二つの魔法を発動させてるのか?」
「きっとそうです! サーニャのスキルは「同時詠唱」なのです!」
 
 すげえ頭良さそうなスキルだな。
 黒龍も異変に気付いたのか、頭上を見上げた時だった。
 空気を切り裂いて、稲妻が枝分かれしながら龍へと迫る。その速度に、当然避けきれず――
 雷が落ちた瞬間、轟音が響き、ピカッとフラッシュを焚いたような光が辺りを満たす。
(たおせたんじゃね……?)
 激しい光にやられた目が回復したとき、龍はまだその場に立っていた。

「そんな、まだ倒れないなんておかしいです!」

 ノエルが言うのを、龍の怒りの咆哮が遮る。
(これは……勝てるのか!?)
 サーニャやヘーゼルは体力を削りきれなかったことにぎょっとした顔で龍を見上げている。そんな中、また聞きなれた声が聞こえた。

「マリ皇女、もっと速く走ってください!」
「走るのなんて、何年ぶりかしら! 足がもつれて!」

 見ると、相変わらず猫を抱えたウィルベルが一人の女の子を連れ、俺たちのいる方角、学園の外に向かって息を切らして走ってくる。銀髪ストレートの女の子だった。宝石が輝くティアラを頭に伸せ、姫らしく長いドレスは走るのに邪魔そうだ。
(ん?)
 ……どこかで見覚えのある顔だと思ったら、現世の幼馴染みにそっくりだった。顔つきはおとなしげ、目元のあたりまで一致している。違うのは髪の色だけ。
(嘘だろ……瓜二つじゃねえか)
 思わず目が離せないでいると、俺のもとに駈け寄ったウィルベルが荒い呼吸のまま喋る。

「もう学園の中でさえ安全でないと姫たちから聞きました! 学園に連れてきていた従者たちも既に帰国しており、戦力が足りません。ご主人様も一緒に逃げましょう!」
「ああ、そうしよう――って言いたかったけど……そういうわけにもいかなそうだ」

 俺の目線の先では、なぜか龍がこっちに顔を振り向けていた。
(一切攻撃してないのに何で狙われてるんだ?)
 奴の瞳には……俺とマリ皇女、どちらが映っているのか。とにかく、やつはこれまで、ずっとどちらかを探していたようにしか思えない。
 きっと何か理由があるんだろうが、今考えるべきことではない。
 既に覚悟が決まっていた。ひとまず幼馴染みそっくりの子を、守らなければならない。

「あの飛行能力……外はかえって危ない。城の中に逃げ込もう。こっちに」
「で、でも今城から出てきたばかりなのに――」
「はやく!」

 ここまでの観察で、龍は翼を使えば素早く動けるが、歩行がのろいことはわかっていた。
 攻撃力や防御力が高いが、素早さがない脳筋タイプの魔物だ。
 一番近い校舎に向かって走ると、思った通り小さい足でのしのしとついてくる。距離が空いていたこともあり、なんとか接近しないで済む。
 屋内に入り一息ついて、考える。
(これから、どうやって奴を倒せばいいんだ……?)
 少なくとも脚部や腹部には物理は通らない。俺はほとんど呪文を知らないから、魔法攻撃も行えない。
 考えうる方法としては、あるかわからない弱点を探すか、それとも……
 ウィルベルの胸の中から、にゃんこが飛び出す。
――僕が呪文を教える! だけど君の最強スペックでも、喋るスピードは他人と変わらない。強力な魔法の詠唱には時間がかかるよ。しかも何回魔法を放てば勝てるかわからない。龍はこの世界では最強クラスの魔物だ。奴を討伐しにいって、帰ってきたものはいないと聞く。
――ああ、そうかスミレがいたか。わかった、魔力源は……
――そこの皇女様は龍属性の魔力を持ってる。彼女を使って。龍には龍属性が一番効くからね。

「ご主人様、あの、はやく逃げないと……」

 俺の腕を掴むウィルベルの手は、震えている。

「大丈夫だよ、ウィルベル。でもどこに逃げれば――」

 突然、衝撃とともに一撃で壁の一部が崩壊した。石の塊が飛び散り、女子二人が悲鳴をあげる。
 空いた穴から、龍の巨大な瞳がこっちを覗き見ている。
(まずい……城の中もダメか!)

「とにかく逃げよう!」
「もう足が動きません……」
「皇女様、諦めてはいけません! あなたは国をささえるお人で……あ」

 何かに気が付いて、ウィルベルが手鏡を取り出す。

「こんな時に誰が……」
「お前がレイジ殿の従者か! レイジ閣下はいないのか!」
「今ここに……」

 龍が放った火炎放射の熱を背に感じながら逃げつつ、ウィルベルから手鏡を受け取る。
 赤髪ポニーテールの女が、鋭い目線で話しかけてくる。

「わたしはこの学園で教官をやっている者だ。いきなりだが中央校舎に向かってくれ、殿下。そこで決着をつけられるはずだ」
「お前のこと、信じていいのか?」
「正直わからん……一度も使ったことのない古代兵器を使う。だがそれ以外に方法がない」
「ご主人様、連絡橋を通れば中央校舎に行けます……そっちのほうが頑丈で安全なはずです!」
「わかった。急ぐぞ」

 背後で石造りの壁が崩壊する音を聞きながら、俺たちは連絡橋へと走る。
 魔法を詠唱している暇なんかない!

***

「おい……壁がないぞ」

 連絡橋は文字通り橋だった。姿が丸見えだ。危険すぎる。
 しかしもう遅かった。城を破壊しながらすぐそばまで来ていた龍が、俺たちを見つけ咆哮する。

「接近戦じゃ勝てない……走れ!」

 龍が腕で橋を攻撃し、足元に衝撃が走る。
(このままじゃ橋が落ちる……!)
 しかも長い首を活かして、一気に顔面を近づけてくる。攻撃をくらうか、橋ごと落ちるかのどちらか。時間の問題だった。
(なんとかしないと……)
 龍と目線が同じになって、ようやく気付く。
(そうだ………硬いのはあの甲殻。眼球になら物理が通る。ここからなら、攻撃できるはずだ!)

「二人とも逃げて。ここは俺が何とかする」
「ご主人様!?」

 俺は「そこそこ上質な剣」を鞘から引き抜く。
(今の俺はマックスレベルのLV150だ……剣の扱いがわからなくても、なんとかなるはず!)
 剣を構え、駆けだす。不思議と頭は冷静だった。

「そんな無茶苦茶な! ご主人様おやめください!」

 ウィルベルの悲痛な叫びを無視し、俺は正面突破を挑む。
 LVMAXの動きは常人にはとても真似の出来ないものだった。龍が振り下ろした腕をするりと回避し、龍の顔面向けて高く跳躍する。
 
「うおおお!」

 ゲームの主人公になった気分で雄叫びをあげる。龍の眼球に向け、剣を思い切り振り下ろす。
 攻撃は命中し、黒い血のようなものが噴き出す。龍は苦悶の咆哮をあげ、思い切り振り払うように頭をぶんまわした。
(あ……攻撃後のこと考えてなかった)
 滅茶苦茶なスピードで吹っ飛ばされ、連絡橋の下まで落下する。
 腕をついて立ち上がろうとするが、激痛が走る。

「いってええええええええええええええ!」

 地面についた方の腕が、肩のあたりから変な方向に曲がっている。骨が飛び出していて、血がみるみるうちに流れ出す。
(そんな……ゲームみたいに吹っ飛ばされるだけじゃないのか!?)
 もっとLVが低かったら、地面に叩き付けられた時点で即死だったのかもしれない。
 龍はその眼に深く突き刺さった「そこそこ上質な剣」をどこか遠くに吹っ飛ばしていた。俺の武器はなくなった。
 ウィルベルが橋の上から驚愕の表情で俺を見ている。

「ご主人様! う、腕が!」
「それよりお前は逃げろ! ……あのドラゴン、まだピンピンしてる!」

――はっきりした……狙いは君だ! こっちに向かってくるよ! 
 橋から器用に飛び降りた猫のスミレは、手鏡を口にくわえている。

「レイジ殿下! 準備ができた! 中央校舎の近くの城壁まで来てくれ!」
「きっとあそこです、ご主人様! 後ろの城壁に教官先生が!」

 振り返ると、城壁の上に赤い髪の女が堂々と仁王立ちしている。
 龍は再び俺に残ったほうの目を向け、一歩一歩地響きをたて歩いてくる。翼を使うほどの距離が空いていない。
(もうすぐ……!)

 半身を血まみれにしながら、気力を奮い立たせ、俺は城壁へと走る。
 その間、激しく視界がピントの合わないカメラのように揺らいでいた。出血しすぎたのだ。
 後ろからついている影を、俺はぼんやりと知覚していた。また攻撃してくるかと思いきや、そこに誰かの声が響く。女の勇ましい声だった。

「大砲、全門放火!」

(あれは……?)
 見ると、城壁に設置された大砲らしきものが全て、一斉に火を噴いていた。
 全弾が黒龍の身体へ命中する。黒龍はある程度ダメージを負っているらしく、悲鳴のような声で吠えている。

「とどめ! |撃龍槍《げきりゅうそう》、放て!」

 突然、目の前の城壁から巨大な棘だらけの禍々しい槍が暴力的なスピードで飛び出した。
 槍は黒龍の胸の甲殻を強引に破壊し、突き刺さる。黒い液体が噴き出す。黒龍は激痛に身を悶えさせる。
(撃退、したのか……?)
 もはやそれが信じられなかった。
 地面に倒れ伏せた龍は慌てて翼を広げ、空へと羽ばたく。
 城壁の向こう側へと、帰っていく……俺は安心して、がくりと膝をついた。身体に力が入らない。

***

 庭園の花に埋もれ、俺は仰向けに倒れていた。サーニャが呼び出した雲はなくなり、綺麗な青空が視界いっぱいに広がっている。
(やべ……身体から力、抜けてくんだけど)

「閣下、腕が欠損しているではないか……!」

 意識が朦朧とし、ウィルベルとマリの必死に呼びかける声が聞こえるなか、そんな低めの声が唐突に聞こえた。
(君は、近いうちに殺される)
 そんなことを言われた記憶が蘇り、ぼんやりと、自分の死を覚悟しているところだった。
 目を開けると、赤髪の大人の女が立っていた。女戦士といった感じの風貌をしている。生徒たちと違い、下はスカートでなく黒いズボンをはいている。

「レイシア、アイシア、急ぎ治療を頼む」
「はーい」
「了解でーす」

 彼女は背後に二人の大人の女を引き連れていた。二人とも、ナース服を着ている。足にぴったりした黒いパンストを履いていて、むちむちした太ももがなんともエロイ。
(死ぬ間際なのに、こんなこと考えてるなんて……俺、バカだろ)

 俺の傷ついた片腕に触れたその二人は、よく見ると全く同じ顔かたちをしていた。
 面白い耳の形も、全く同じ。まるでエルフみたいに、ぴんと上を向いた耳だ。
(幻覚でも見えてんのかな)
 二人は俺の腕を傷口にあて、呪文を唱える。

「「オールリカバリー!」」

 淡い緑色の光とともに、ぐちゅ、と何かが接着する音がした。
 なんとか首をひねって見ると、肩が元通り繋がっている。
(え……マジかよ。一瞬で治っちゃってんだけど!?)
 痛みも退きはじめていた。しかし、出血多量で今にも意識が飛びそうなのは変わらない。

「ご主人様、これで一命はとりとめましたね……よかった……!」
「ふあ……よかったのです。このまま霊が分離するかと思ったのです」
「しかし、騎士が見習うべき高潔な一騎打ちであった。尊敬するぞ」

 ウィルベルの他に、知っている声も二つ聞き取れた。姫たちが、俺の周りに集まっている模様。
 そこに、また赤髪の女が喋りかけてきた。

「まずは、感謝しよう……閣下、我らの要塞を守っていただいたこと、ありがたく思う」

 赤髪の女に頭を下げられた。俺がいなかったらこの学園は黒龍に破壊されていただろうから、当然のことだ。

「だが、もう少し身体を大切にしてくれ。御身体はいくらでも再生できても、絶命し、霊が肉体と分離してしまったら、二度とその身体で生き返れないことは心得ているはずだ。次期皇帝閣下が亡くなれば、この帝国は支えを失う。他国や、魔物の侵入にすぐ敗れ去ることだろう」
「いくらでも……再生できるのか?」
「どうした、不思議そうな顔をして。ああ、そう言えば閣下は道中幻属性魔法にかけられたとの話だったな。生徒たちから聞いているぞ」

 一つ質問しておこう、と彼女は言った。

「なぜ帝国の一点に、帝国の主要魔法戦力である姫たちが集結しているか、覚えているか? 学園が城塞の形をとっている理由を記憶しているか?」
「そんなの、知らねえよ……」
「そうか、では答えよう。覚悟してもらう必要があるからな。この学園は、確かに……こほん……王族繁栄のためにある。しかしもう一つの裏の役割は、帝国領内への魔物や他国の侵入を食い止める、最初にして最後の砦……軍事要塞だ」

(なんだそれ……キツイ展開だなぁ……)
 俺は、そう思ったのを最後に、意識を失った。
(つづく)







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