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<妹姫・2話>回想――転生前




 俺は、ネット小説「異世界転生したらガチのチート能力者だったから女の子を犯しまくったったwww」を最終話まで読み終え、深くため息をついた。
 とてもありきたりな物語だった。

「最近こういうのばっかりだなー」

 異世界転生。近頃流行るのはこのジャンルばかりだ。
 別に異世界転生が悪いとか、もう飽きた、とか言いたいわけではない。確かに異世界転生は魅力的なジャンルだ。つまらない現実世界を飛び立ち、ファンタジックな世界でやりたい放題したり、人生をやり直したりする物語は、読んでいて楽しい。
 既存のゲームの内容と照らし合わせ、文から映像が想像しやすいのも強いところ。

「でもさー、とりあえず転生すれば人気出る、みたいな風潮どうなのよ」

 たった今読んだネット小説「異世界転生したら(略)」は、かなり評価が高く、サイトのランキングでわりかし上位に挙がっていた。だから、読んでみたわけだ。
 しかしだ。
 どんなものかと蓋を開けてみれば、駄作の部類だった。
 ストーリーには構成というものがある。こういう伏線を敷いておいたからこういう展開が可能、とか、一貫してこういう設定だからこういうシーンが描ける、とか。
 そういった構成が皆無であることに加え文章がまるで中学生が書いたかのようだった。とりあえず格好をつけたいようで、難しい表現を多用、もしくは誤用している。そのくせに、ところどころ意味不明な表現があるところが、イタい。
 更新された最終話は打ち切り漫画のようだった。まあ、エタらなかっただけましか。
 しかもだ。

「最後いきなりあんな展開ぶちこんでくるとかないわー」

 次話はエロシーンだと見込んで用意しておいたパソコンの脇のティッシュ箱は、未使用のまま。まあそれはそれでいいことかもしれないけど。

「言ってしまえばエロけりゃいいんだろうけどさ……このレベルであのランキング上位かよ。衝撃の展開、とかもどちらかというと不必要なんだけどな」

 もとをただせば、エロ小説。エロいシーン以外に興味はない。要らないシーンで肝心のHシーンまでぶち壊しにされては、元も子もない。
 どうして、こんな作品が高評価なのかわからない。
 たぶん、「異世界転生」の言葉に釣られて、小説の良し悪しが見えていない読者が、たくさんいるのだろう。

「まあさ、こんなこと言っちゃってる俺はもっと面白い小説書けるかって言ったら、そうでもないんだけどね」

 そもそも無料で読ませてもらっているんだから、文句を言う権利なんてない。ましてや堂々と作者を貶すメッセージを送るなんて論外だ。
 俺は他に誰もいない部屋で独りため息をつき、うんと伸びをした。パソコンを閉じて、暗い部屋を出る。

***

 夕飯の支度を独りでしながら、転生したいなぁ、と思う。

 別に俺は異世界転生というジャンルを貶しているわけではない。むしろ、どちらかというと好きなジャンルだ。異世界に行って、人生やり直せたらどれだけいいだろうな、と真面目に考えるくらいに。
 
「こんなクソみたいな現実、消えてなくなればいいのに」

 また呟いた。独り言が、癖になってきているようだ。
 今の生活のどの辺がクソみたいかと言うと、まあほとんどがクソだ。
 安い時給のバイトでその日暮らし。そのくせに労働時間は長い。老人だらけのアパートに帰ってきても、自分の部屋では誰も待ってくれてはいない……。

 俺みたいな貧乏人にとっては、ネット小説を読んだりゲームしたりする時間が、一日で一番幸せな時間なのだ。

「よし、出来上がりかな」

 俺は、狭くて小汚いキッチンで、スーパーの特売で買ってきたクソ安い肉や野菜を炒めているところだった。
 皿に適当にフライパンの中身をぶちまけて、ぎしぎし軋むテーブルの上へと運ぶ。
 薄汚れた窓ガラスから外を見ると、もうほとんど日が暮れかけていた。
 ぼんやり眺めていると、しだいに太陽は地平線の向こうに飲み込まれていき、紫色の闇が、あたりに落ち始める。

「また一日が終わるのか」

 さっきからこうやって改めて自分の境遇を考えるのには、わけがある。
 特売肉と特売野菜を、車に補給するガソリンのように口の中に突っ込みながら、俺は小さくて画質の悪いテレビの電源をいれた。
 実は、俺の幼馴染の女の子がテレビに出るらしいのだ。
 リモコンで、チャンネルを変える。彼女が出演するドラマが放送されるチャンネルに。

「あ、いた!」

 さっそく、懐かしい面影のある顔が出てきた。
 間違いようもなく、彼女だった。眉目秀麗、笑顔が明るく、おとなしいお嬢様的雰囲気の彼女は、素晴らしく画面に映えていた。今まさに人気急上昇中なのも、うなづける。
 ドラマの中で、彼女はヒロインをやっていた。主人公役の男と仲良くしているのを見ると、気分が沈む。
 なぜかって、俺はその娘が好きだったからだ。

 おとなしくて、いつも俺の話を笑顔で聞いてくれるいい娘だった。
 外見は、深窓の令嬢みたいに慎ましく優雅だった。長い髪はさらさらと絹のように滑らかで、漆のように黒く、輝きがあった。
 胸は適度に大きくて、上品な印象を崩していない。全体的にみると、スレンダーなモデル体型をしている。

 記憶の中の彼女と、画面の中の彼女を照らし合わせていると、ドラマは急に彼女と主人公だけの場面になった。
 夏空に花開く大輪の花火のもと、ヒロインである俺の幼馴染は、その男に熱い視線を向けている。浴衣姿はその清楚な印象とマッチしていて、きっと今現在、日本中の男どもが彼女の姿を食い入るように見ているだろう。
 大体、この後の展開が予想できた。
 きっと彼女は、この主人公と……

「やっぱつまんね」

 画面の向こう側で何が起ころうが、俺には関係ないこと。
 自分で物語を体験できたら、いいのになと思う。

「ダメもとで、彼女に告白でもしとけばよかったのかな」

 俺は呟いて、キスシーンの前にテレビの入力を切り替える。
 
***

 一つの思いに、頭が支配されている。

「あの娘は人気女優にまで上りつめたのに、俺は一体何やってるんだろうな」
 
 今更どうにもならないことだ。俺は深くため息をつき、布団にもぐりこみ、頭だけ出して、ゲームのコントローラを握る。
 テレビ画面で起動したのは、「ハンマー&ソード」なるMMORPG。内容は次のようなもの。
 クエストに現れるモンスター主にワイバーンを倒し、経験値や仲間との好感度を上げ、主人公のレベルを上げていく。
 レベルが上がれば、さらに上級のクエストへ挑むことが出来るようになる。強いワイバーンの素材で強い装備を製造し、狩人として頂点を目指す。

「ふぁ……ねむ」

 このゲームはかなりやりこんでいるが、まだゲームの終わりは見えない。
 これからもアップデートされていくだろうから、きっと一生遊べるだろう。
 ステータス欄には、こう書いてある。

【ジョブ】 剣士
【LV】 132
【装備】 紅龍一式
【スキル】 火事場根性

「さてレベリングするか」

 機械的に雑魚モンスターを殺し素材をはぎ取りながら考える。
 今日も特に何もない一日だった。

「なんかだりぃ……」

 誰か別人に生まれ変われたら、中学高校時代からやり直すのに。

「おちる……」

 いつのまにか、まぶたが重い。頭がこっくりこっくり舟を漕ぐ。
 コントローラーが手から滑り落ちる。
 世界は闇に包まれて――
 刹那、男の声が聞こえた。

「あ……うまく繋がった。君が、「異世界の住人」なの?」

 涼しげなメゾソプラノの声だった。青年と言うより少年の声。

「は?」
「ごめん。君が知る由もなかったね。じゃあ、手早く手順を進めてしまおう」
「誰だお前」
「うーん……これから、君が代わりになる者、とでも言っておくよ。さて、質問1。君は、人生を後悔しているの?」
「いきなり質問てどういうつもりよ」
「頼むから答えてくれよ。手順が進まないだろ」
「わかったよ……そりゃもちろん、後悔してるさ」

 ずっと、やり直したかった。世の中の冷たさ、厳しさを何も知らなかった頃の自分から。

「肯定ってことでいいね。じゃあ質問2。今の生を捨てて新たな生を受ける覚悟って、あるかな」
「覚悟?」
「命って、重たいんだ。その肉体がこれまで生きてきた月日と、これから生きていく月日の可能性。その二つをともに剥奪して、僕は君の|霊《ゴースト》をこっちの世界へ「召喚」する」
「お前中二病なの?」
「ちゅうに……なんだいそれは? とにかく、肯定するかい?」
「するよ。今の生になんて、ひとかけらの価値もないからな」
「随分と、君は悟っているというか、冷めた人間だね。こっちに来たらびっくりするかもよ」

 声は仄めかすように言った。

「では、最後の質問いくよ。質問3。新たな人生を、全力で楽しめる?」
「たりめえよ」
 
 なんでそんな当然のことを聞くのか、わからん。

「よかったよ。では最後に、警告だ。君には、「運命《さだめ》」が待ち受ける」
「さだめ?」
「実は召喚先の身体……僕の体には、定められた行き先がある。君は……近いうちに、殺される」
「は? 転生する意味ねえじゃん」
「いいや、そんなことはない。霊|《ゴースト》は、この世界では輪廻転生するからね」

 ちょっと情報過多で頭がこんがらがってきたぞ。

「今はそれでいい。いずれ、この意味がわかるときが来るさ。「それまでは、探究せよ。冒険せよ。汝、我を代替し世界を味わい尽くせ」」
「あ?」
「契約終了っと。さあ、僕の世界へようこそ」
「ちょっと待て、もっと詳細に説明を――」
「大丈夫。僕がサポートするから」

 その言葉を最後に、俺は深海から引き上げられるように、目を覚ました。
 俺は布団の中にいた。
 床にはコントローラーが転がり、ゲーム画面はクエスト失敗状態。寝落ちしてる間にモンスターにぼこぼこにされたらしい。

「俺も幻覚が見えるレベルまで堕ち――うっ……!」

 やっと気づいた。
 胸の深い部分の痛み――心臓が、止まっていた。
(まじかよ……)
 苦しいけど、すでに身体から力は抜けていて。
 そのまま何もできないうちに、視界は揺らぎ、意識が消えた。
 俺はこの世界において、約二十年の実りのない生涯を終えた。
(つづく)







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